建築の居場所
建築は、人の肉体の不完全さを補うために生まれました。
雨、雪、日差し、湿気、風、暑さ、寒さなどの自然の脅威から身体を守り、安心して日々を送るための仕組みが必要だったからです。
そうした人間の身体的な要求から生みだされた建築は、純粋な機能と、それにふさわしい佇まいをもっていたように思います。そんな原初的な建築は、シンプルであるからこそ、人と人が穏やかに向き合うことができる、あるいは孤独の時間を豊かに過ごすことができる場所も同時に生みだしていたのではないでしょうか。そこには偉大な自然と、小さいけれども尊い人の営みとの調和の関係を見ることができます。そしてその風景はずっと昔から変わらず、人の記憶の奥底にあるのです。
今時を経て、建築は人びとのたくさんの希望や欲望を背負い、より複雑な役割を担うようになっています。それに伴い、建築が本来もっていた基本的な役割と佇まいが少しずつ失われてきているように感じています。建築が人の身体から、そして自然から離れていっているのだと思います。
現代の生活や環境にしっかりと適合しながらも、人の等身大の身体的要求に軽やかに応えるもの。
太古からの自然や人の記憶を呼び覚ますような、原初の力を感じられるもの。
特殊なものではなく、誰もが納得して心落ち着ける佇まいをもつもの。
建築がもう一度このすがたを表すことができたのなら、建築も人も、本来の居場所に戻ってゆけるのではないかと思います。
堀部安嗣