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高貴で寛容な一本の道
レポーター=寳神 尚史
「building」と「architecture」。
講演会は「建築」を2つのことばで捉え直すことからスタートした。
「building」は、人の身体・生活・財産を守るという物性面での役割を示し、
「architecture」は、人・文化・思想・風景・記憶・技術を継承するという思想、考え方を指し示すものとして定義づけた上で、堀部氏はこの両方を大切にしたいと言う。
次に取りあげた言葉は、「architect」。
こちらは古代ギリシャの言葉より引用し、「神に代わって風景をつくることを許された唯一の人」と受け止め、自問を続けてきたと語る。
これからの講演内容が、建築の源流に向かっていくことを予感させるスタートを切った。
続けて堀部氏の原風景が紹介された。
最初に紹介されたのは、横浜鶴見。總持寺(そうじじ)の境内のそばで幼少期を過ごした堀部氏は40年振りにその地を訪れ、風景が全く変わっていないことを確かめる。変わらず立つ銀杏の木、渡り廊下、そして変わっていない道。道が変わっていないから覚えている。
道路の幅員が変わると建物の容積も変わり、街並も激変してしまう。日本の土地は道路の奴隷だと堀部氏は指摘する。「記憶に残る」とは何だろうか?そのような思いへと気持を誘う展開となっていく。
次に語られたのは、堀部氏の建築の源流についてである。
彼は伊勢神宮、奈良に大変深く大きな影響を受けたという。それらは自分をリセットして取り戻せることができる存在となっている。(このあたりは同時発刊の書籍に詳しい。)そしていくつかの重要なキーワードが紹介されていく。
「好きな建築はみな死の気配がある」
氏の人生に大きな影響を与えたというアスプルンドによる森の墓地。墓地や礼拝堂には色々な気持の人が来ており、その多様を包み込む寛容な場所である。また鶴見での原風景ともリンクしてくることだが、お墓や、お寺のような不変の施設があると風景は動かない、変わらない。そのことが人の記憶の継承に果たす役割は大きい。
「道は記憶である」
氏の設計した「竹林寺納骨堂」は、もとからあった、墓に向う獣道をアプローチとして生かしたという。獣道が木の根を迂回するようにあった。そういった細やかながらも印象に残る道程を生かせばいいのではないかと思い、配置と動線を決断した。そのことが今までとこれからの記憶を繋げていくのではないかと言う。
「たった一枚の絵のための美術館」
大学の卒業設計である、マティスの1枚の絵に捧げる美術館。そこでやりたかったことは一本の道を作ることであった。その一本道の中に、見る人の期待観、展示室、余韻を作ることができたらいいなと思ったという。
「風景の継承」
「ずっと昔からあったように」という感覚を大切にするために、自然を生かし、また木々がある場合はそれを生かし、時には木々を植えることで建築を場に馴染ませる。自身の作品を通じて、どのようにそれを実践してきたかを数多く紹介した。
そして次に、より具体的な方法論として、6つの切り口で、今までとこれからの風景、記憶をつなげる試みを示した。
記憶をつなげる試み1:光と闇
堀部氏は、「常に闇と光が共存している空間を好んでいるような気がする」という。
人間の居場所というのは闇と光の共存が大事だと思う。これは我々の空間体験の記憶を呼び覚ますような試みなのだと感じた。
記憶をつなげる試み2:増改築
新築だけでなく、増改築という仕事も大事な仕事だと思っている。例えば内装の仕事だと、建築における外と内の関係性を顕在化させる。そういうことも面白い。
記憶をつなげる試み3:円形の居場所
多角形の平面は、直角にならない鈍角が人を包み込んでくれるイメージがある。
「原初的な人の居場所を呼び起こす形だから、自分は好んで作っていた」と感じたという。
記憶をつなげる試み4:火と緑と屋根
火を囲むと昔と繋がる感じがあり、木々や緑を植えることで、建築と場所を今までと異なるステージに連れて行き、街に記憶を生み出すようにする。
また屋根は、そこに人の営みを感じる象徴のように思う。
記憶をつなげる試み5:動線の継承
伊豆高原の家では、外部動線を残し、アプローチも残した。そして実は内部の2階への動線も残しているという。動線の記憶を継承して設計する。
終盤では、ムービーにて自作を紹介した。「生活の気配、環境の音、自然など、写真では表現しきれない感覚を伝えたい」と思い制作したという。
ここまでに語られてきた、堀部氏の建築についての軌跡ー幼少期の思い出、自身の建築の源流、影響を受けた建築、そして試行錯誤の記録は、どこの切り口から紐解いても構わないことに気がつく。つまり堀部氏の設計・作品に対する姿勢は首尾一貫しており、我々が興味をもったどこの入口から参加しても良い、とても寛容な道程なのだ。道中では堀部氏自身、スタディの中で道端に咲いた小さな野花の前で足を停めたり、あるいは少し脇道への興味を持ったりと、設計者ならば確実に経験する好奇心の寄道も、スタディ資料として惜し気もなく示してくれる。しかしながら確実に筋の通った、高貴な一本の道が浮かび上がっている。
堀部氏が作りあげてきた一本の道とは、「作品」だけではなく、「設計する姿勢・生き方そのもの」なのだ。設計をすることと、生きることが分ち難く繋がり、それが作品をより深く、高い位置へと歩ませているのだ。
講演会の最後で、処女作に内在する氏の後悔と喜びと複雑な思いを語り、いまでも設計過程では大きな振れ幅の中で創作していることを告げる。「人間はとても移り気な生き物で」と著作でも語るごとく、「自分も物を作る上での矛盾、計算できない部分、自分の欲望、業を恐れず、もっと振れ幅をもってやっていきたい、予定調和的でない異物がでるかもしれない」と告白する。
その上で「じつはもっとも大事で、人の記憶に残るのは『質』だと思っている。」「質の高さこそが時代を超えて、記憶に残り蓄積していくものであり」、「自分の言ったことにとらわれることなく、圧倒的な質をもとめて建築を考えていきたいと思う」と講演会を締めくくった。
おそらくそれは、今までのスタディでの振れ幅の次元を超えた、圧倒的な次元での設計を目指す宣誓なのだと感じた。それは同時に、人はいつでも気持を新たにし、もっといいものを目指すことが出来るのだと呼びかけてくる、人生に対してエールを送る、心揺さぶられる締めくくりであった。
筆者は20年前の大学生時代に、雑誌を通じて堀部氏の処女作に出会って以来、平面計画の美しさや、独特の天井高さ、光の取り入れ方の妙、床の目地の切り方など、「目に見える」設計手法に対してのファンではあった。が、今こうして設計の背後にある「源流」を知ることで、建築に携わり生きるということの幸せを、改めて思い起こさせてもらったように思う。
ぜひ、堀部氏の設計=人生を共有すべく、展覧会場を訪れ、そして今回発刊された本『堀部安嗣 建築を気持ちで考える』を手に取ってみて欲しい。堀部氏のとても誠実な、真っすぐ芯の通った設計観を深く共有することで、だからこそ心に沁みるように、設計に携わる人生の喜びを改めて思い出すことができるだろう。
この仕事に出会えたことに感謝し、今日からまた頑張っていきたい。
寳神尚史 Hisashi Houjin
1975年生まれ
1997年
明治大学理工学部建築学科卒業
1999年
明治大学理工学部建築修士課程修了
1999-2005年
(株)青木淳建築計画事務所
2005年-
日吉坂事務所 主宰
共立女子大学、明星大学、京都造形芸術大学、工学院大学、明治大学、日本女子大学非常勤講師
主な作品は、2012年 House I、2015年 銀座伊東屋本店の内装、2017年 KITAYONなど
主な受賞は、2008年 グッドデザイン賞、2014年 日本建築学会、作品選集新人賞など
堀部安嗣 建築を気持ちで考える
著者=堀部安嗣
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