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スミルハン・ラディック展 BESTIARY:寓話集

特別対談
■第1展示室(3階)
▲「ルーム」(チリ、チロエ島/2007)の模型 © Nacása & Partners Inc.
ラディック:この模型は94年、95年頃に僕が自分の不器用な手で作ったもので、この中では一番ひどい出来なんだ。チロエにある赤いテント屋根がついている住宅で、プロジェクトはこの模型のように元は2階建てとして設計したんだけど、結局予算が足りなくて半分しかできなかったので(笑)、上に赤いテントをかけたんだ。でも実はこの模型には、これまで大事に保管してきた理由というのがあって、それは、この模型の構造が後に「ビオビオ市民劇場」のモデルとして使われたということなんだ。
それがこちら、この模型はアレハンドロがコンペのために作った「ビオビオ市民劇場」のプロジェクトの模型で、この2つの建物は、大きさも用途も全く違うけれど実は、大きな構造体をとても小さな柱と梁を集積させて作る、という同じ考え方で作られている。この劇場は実際にはコンクリートと木という素材が使われ、30メートルの高さ、平面は約40×100メートルというとてつもない大空間だけどね。そんな風に、ここにあるすべての模型のひとつひとつには何かしら現実の問題に対処するための役割があるんだ。上の階に、この劇場の最終模型が置いてあるよ。
▲「ビオビオ市民劇場」(チリ、コンセプシオン/2011-)の模型 © Nacása & Partners Inc.
そしてこちらは、2010年に妹島和世さんがディレクターをつとめた時のヴェネチア・ビエンナーレのためにマルセラ・コレアと一緒に作った「魚に隠れた少年」の模型。セラミック(陶器)で作ってあって、この模型はその後、ビルチェスの住宅「直角の詩に捧ぐ家」のモデルになった。なぜならこれは避難小屋であって、孔を穿たれた石でできている、そしてその中に杉の木の箱が入っている。私たちのビルチェスの家も、外側は重くて固い鉄筋コンクリート製でできていて、その中に、君も見たように、杉の木の箱が入っている。その構成が2つには共通しているからなんだ。
▲「魚に隠れた少年」(イタリア、第12回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展/2010)の模型 © Nacása & Partners Inc.
鈴木:プロセスとしてはいつもそんな風にまず君が自分の手でモデルを作って、それをアレハンドロが解釈して、建築的な模型に変換していくということなのかな。
▲「ルッソ・パーク・プロジェクト」(チリ、サンティアゴ/2014-)の模型 © Nacása & Partners Inc.
ラディック:アレハンドロが作ったこの模型はそれがプロジェクトのモデルとなった。つまりこの模型を見て僕たちがプロジェクトを理解あるいは解決できたという意味でとても重要なんだ。これはコンペのために作ったもので、あの時は本当に時間がなかったので、急いで作る必要があった。だからそれぞれの部材の接合方法も、時間との制約の中で決定されている。そんな風に、模型というスケールの中で、限られた時間の範囲内で解決しなければならないという状況から生まれたある特別なテクスチャーが、その後発展しても、今日までプロジェクト全体に保たれている。アレハンドロとのインタラクションというのはいつもそういう関係なんだ。模型を作ることもそうだけれども、それが建築の建設に関する現実問題の解決とも繋がっている。

リューエル:あの時はとにかく資源と時間が限られていたので、何が一番重要なのかを見極めることが大事だった。そうでなければもう一度壊して作りなおしていたかもしれない。最初に作ろうとしたものは部材の断面がとても複雑で、必要以上に装飾過多だったので、やり方を変えて、ああいう形になったんだ。
▲アレハンドロ・リューエル氏
鈴木:それが君たちの対話の仕方なんだね。

ラディック:僕とマルセラの関係もそうだけれど、僕は、建築家とアーティスト、建築家と技術者、建築家と建築家などの間で対話する時は、抽象的な言い合いになるのを避け、何か具体的な物事を目の前にしてそれについて話すようにいつも心がけている。そうすれば素早く容易に理解し合うことができるから。写真でも良いのだけれど、具体的な何かが目の前にあれば、これはイエス、これはノーということが瞬時に見えるし、素早く判断できる。抽象的な言葉は時として千個つむいでも足りないことがあるし、言葉だけでの議論というのは難しい。それは現場でも模型でも同じで、目の前に実物があれば、自動的に素早く判断できる。

鈴木:図面や写真など二次元の材料よりも、模型のように三次元の物を使うほうがやはりいいのかな。

ラディック:最近、モデルと模型だけを使って三次元で進めたプロジェクトがあるよ。「サンティアゴ・アンテナ・タワー」はモデルを使って直接設計をすすめている。これは電波塔のプロジェクトなのだけれど、まず模型を作って、あらゆる変更を模型に直接手を加えるという形ですすめて行ったんだ。この階段やその他すべての要素を、二次元で絵として描くのはこの場合不可能だったからね。

鈴木:アレハンドロと一緒に作業することで、それが可能になるんだね。

ラディック:「ルッソ・パーク・プロジェクト」はイベント・センターということになっているけれども、実際には結婚披露宴会場として使われることが多い建物なんだ。チリでは今でも、結婚披露宴のパーティーというものをとても盛大に行うので、皆で食事をするための空間として、そしてその後皆で踊れるようなサロンとして大空間が必要なんだ。まずは大きな梁が頭上に飛び交っていて、そしてそれらとは構造的に繋がっていない建物が周囲に配置されているという構成。ここでは何か不安定な空間というものを作ろうと思ったんだ。 例えば、葡萄などの枝を絡ませて、その下に日陰のある空間を作ったりするための植物の棚があるだろう? あれは一見、脆弱で不安定な印象を受ける。あんな感じで梁を飛ばしてあるんだ。支点同士の間は25メートル、梁と梁の間の距離は狭くなったり広くなったりしながらそれぞれの終着点まで伸びている。しかも曲がりながら、途中で落ちてくるようにさえ見える。つまり、始点では梁同士の間は垂直に閉じてまとまっているけれど、樹の枝のように自由に踊りながら、垂直ではなく、斜めに、倒れてかかってくるように配置してあるんだ。構造計算上は非常に強靭なのだけれど、視覚的には、まるで浮かんだ梁がこちらに落ちてくるような、不安定な印象を与える。とても大きな植物棚のような建物なんだ。
これも最初のアイディアは、「メスチーソ・レストラン」と同じように、ある意味原始的なものを、大空間に使うという考え方で構成されている。

そしてこちらの「グアダラハラ環境科学博物館」のプロジェクトはメキシコのプロジェクトで、君も知っているように、この平面は、エンリック・ミラージェスの「Ines Table(不安定なテーブル)」という作品からとっている。そのテーブルのデザインを建築の平面に応用したものなんだ。僕はずっとミラージェス氏を尊敬していて、バルセロナを訪れた時に、ベネデッタ(故ミラージェス氏の妻で現在のEMBT事務所の代表)に会いに行って、この平面をプロジェクトに使わせてほしいと頼みに行った。アレハンドロが作った机の模型を持っていって、これをチリの地に建てさせてほしいとお願いしたんだ。

鈴木:ミラージェスは僕にとっても大事な人なんだ。古くからの友人で、お互いバルセロナに住んでいたこともあり、何日も事務所に通って、数えきれないほどの模型写真を撮影した。そこにはどれが最終のものなのかさえ分からなくなるほどの膨大な量の模型があって……。彼の場合も、何かこう、アイディアの根源的な形としての模型があって、それが建築に発展していくように見えた。思い出したけど、彼も自分の手で模型を作ったことがあったんだ。あるアイディアが閃いて、その時はたまたま家に一人で居たものだから材料もなくて、手伝ってくれるスタッフもいなくて、そこにあったものといえば石鹸くらいのものだったので、その石鹸を自分で削って最初の模型を作ったという……。僕はこのエピソードが気に入っているのだけれど、その話は君にも通じるところがあると思う。作りたいという強い衝動があって、誰もそれを止められない(笑)。
▲「卵に隠れた少年」(2011) © Nacása & Partners Inc.
ラディック:この模型なんか、その話と大いに通じるところがあると思う。これはマルセラからプレゼントされた牛の乳房で作ったモデルなんだ。タイトルは「卵に隠れた少年」と言うんだけど、デイヴィッド・ホックニーによって描かれたグリム兄弟の童話の挿絵のひとつを立体として表現している。その時僕は、そこに新聞紙を詰めて、マスキングテープで全体を覆ったんだ。
オリジナルのホックニーの絵の中の卵は垂直に立っていて、その中に子供が入っている。けれども実はこんな風に卵を垂直に置くことは不可能なんだ。普通倒れてしまうだろう?リトグラフの絵では垂直に立っていても自然に見えるけれど、立体で表現しなおしてみるとその不思議さが良く分かる。卵が半透明なのは中にいる子供が見えるためという意図だけれど、それに加えてこの立て方が不安定さの表現としても重要なんだ。そして中には生き物が入っている。ひょっとしたら中のものが走って逃げていってしまうかもしれない。だからアレハンドロに頼んだんだ「中の生き物をつかまえておくためにケーブルを張って」って。

リューエル:僕はこの模型を見て、それは塔でもあると理解して、このような形になったんだ。

ラディック:ミラージェスの石鹸の模型と同じように、僕はたまたまそこにあった新聞紙とマスキングテープを使ってこの模型を作ったということになるかな。

鈴木:新聞紙というところが本当に面白い(笑)。

▲「ランプの塔」(2015) © Nacása & Partners Inc.
ラディック:ランプの塔はこの中では二番目に新しい、気に入っている模型で、実はもともとは建築家セドリック・プライスへのオマージュとして作ったものなんだ。僕にとってはこれは文化のためのセンターをどのように作ったらいいかという意味があって、このプロジェクトにどんなスケールを与えたらいいのかは分からないんだけれど、これは群立した塔なんだ。ランプで塔を作っている。アレハンドロがその後そこに階段をつけたりしてこれからもっとスケールの大きな塔の模型を作ることになると思うけれど、ここで大事なのは、僕らはこれをグリフィンとして見ているということなんだ。グフィリンは中世の想像上の動物で、身体の半分が獅子、もう半分が鷲というもの。この模型の木の土台の部分は獅子の足で、その上にランプの身体、そして周囲にバイオリンという、音楽を奏でることによって飛ぶための羽が付いている。 このプロジェクトがどういう意味を持つかって?それはまだ僕にも分からない。だけれどこれは僕らの仕事場で作られていて、僕たちの傍らにいつも置いてあって、そこから何かを作るための参照源として、いつも意識されているものなんだ。

鈴木:それが普段の君とアレハンドロの対話、または制作の進め方なのかい?

ラディック:自分自身でも何を作りたいのか見えない時もあって、そういう時は何かのピースを渡すんだ。そしてこのピースをこう切ってほしいという場所に切り口の印をつける。そうして全部のピースを渡して、配置のだいたいの仕方も指示することもある。アレハンドロに鉛の重しで模型を作ってもらったこともあったよ。でも僕がいつも見ているのは、プロセスというよりは結果としての模型なんだ。つまり僕は模型作りのプロセスの最初にいる。彼にピースを渡す。そして僕は彼が模型を作っている最中の、そのプロセスの中にはいないんだ。アレハンドロが最終的に作ってくれた模型が、僕が思い描いていたものと大きくずれた場合には、またそれを修正してもらう、そういうやり方で進めているよ。
▲「ミーティング・ポイント」(2009) © Nacása & Partners Inc.
そしてこれ「ミーティング・ポイント」は2009年に中国での展覧会の時に作られた、大きな泡のような広場の模型。この模型にはコンプレッサーがついていて、ここから空気を入れて、ふくらませている。とてもシンプルにできているけれど、技術的には本物と同じなんだ。僕たちがここで作ろうとしたのは、ここにクーポラ、巨大な泡を作って、その中に人々が出会うための空間を提供するということ。そしてこれはサンティアゴの僕の家「CRハウス」ともつながっている。やはり泡の屋根がかかっているのだけれど、これと同じ技術を使って作られているからね。
▲「フラジャイル」(2010)
こちらはワイングラスの塔。脆弱さへの感覚を表現するというアイディアで、2010年にTOTOギャラリー・間のために作ったものだ。「GLOBAL ENDS」展のためにオブジェを作ってほしいという話をもらった時は、まだ誰からも塔の設計依頼というものを受けたことがなかったので、そのスタディをするいいチャンスだと思って、コンスタント・ニーヴェンホイスを参照しながらこれを作った。結果的にとても良かったのが、それから4年後、これと同じコンセプトで設計した電波塔のコンペを勝ち取ったこと。テンセグリティで作り、脆弱性を表現する。その2つのコンセプトが強く結びついているプロジェクトなんだ。僕はそのコンペのプレゼンテーションの時に、都市に対して半ば閉じた強固なものを作るのではなく、風景に最小のインパクトしか与えなくてすむようなもの、そしてそれがまるで幽霊のように時おり現れる、というようなイメージを作りたいと言ったんだ。このようにして、かつて一度も存在しなかったような新しい何かが、これから160メートルの高さをもってして建設されることになる。

リューエル:これはとても面白いプロジェクトでパラメトリックなデザインなんだ。木で作っていたその模型は本当に不安定で、手でバランスを取りながらしか作れないような複雑な作業になった。それを3Dの図面に起こし、構造家に相談した時に、模型自体は、たった2つかせいぜい3種類のサイズの部材しか使っていないので、実はとてもシンプルに作られているのだけど、理解してもらうのがとても難しくて……それが分かった時は、まさに閃いた!という瞬間だった。これはそういう意味で実はまるで魔法のような模型なんだ。

鈴木:サンティアゴの君の事務所には、撮影するための模型が他に沢山用意してあったにもかかわらず、この模型を見て、言葉ではうまく説明できないんだけど、見てすぐにピンと来たというか、何か特別なものを感じたよ。それでこの模型の撮影を最後にとっておきたいと思ったんだ。

ラディック:この最初の模型は、コンペに提出されたわけではないんだ。この模型はこれ自体のために作った、単なる夢みたいなプロジェクトだったのに、それがその後こうして電波塔として実現していくことになった。そのことが素敵だろう?

そしてこの住宅はコリコ湖畔に建つ「木の家」、1年半くらい前に完成したプロジェクト。地表面から斜めにこの部材が7メートルの高さまで上がっている、とても細い木造部材を使った、美しい建物になったと思う。ちなみに、実はこの家の構造というのは、この(展示の模型台の)構造と同じなんだ。2013年に、サンティアゴの展覧会で沢山の模型を展示した時に、いろいろなサイズの模型に対応できる台を作る必要があったのだけれど、ちょうどその時にこのプロジェクトが、ごく細い材料で、どうやって構造を作るか、というテーマで進められていたものだから、実際にまずは展示台の形で作ってみることにしたんだ。
▲「木の家」(チリ、コリコ湖/2010)の模型 © Nacása & Partners Inc.
鈴木:この部材の接合の仕方がとても面白いね。
▲「チリ・プレコロンビア芸術博物館の拡張」(チリ、サンティアゴ/2014)の模型 © Nacása & Partners Inc.
ラディック:それからこの模型が「チリ・プレコロンビア芸術博物館の拡張」。この模型はとても完成度が高いけれど、実は最終模型ではなくて、その前の段階のある時点で、クライアントへのプレゼンテーションのために作られたプロセス模型なんだ。まるで最終プレゼンテーション用の模型みたいにすべての部屋を丁寧に作ってあってセクションが見られるようになっている。とても機能的な建物で、すでに竣工しているよ 。
▲「NAVE―パフォーミング・アーツ・ホール」(チリ、サンティアゴ/2010)の模型 © Nacása & Partners Inc.
そしてこれがこの展示室の一番最後の模型「NAVE―パフォーミング・アーツ・ホール」。君と一緒に行ったよね。
よく見たら、ファサードはごく普通のネオ・クラシックの建物、一方インテリアは現代的で黒い空間。そしてその上に、サーカスが載っている。その載せ方は本当に、ただ単にセルフビルドできるような構造体をそのまま載っけているという感じでね。どちらもパフォーマンスのための空間だけれども、下は現代的で上は原始的、下は黒で上は色鮮やか、というその対比がいいんだ。サーカスのテントは、前にビルチェスの家の近くにサーカスがやって来た時に、実際に行って見て、同じものを建てたんだよ。
そしてこの作品は、前にも説明したように、グリフィンの模型とも繋がっている。ネオ・クラシックのファサードと、現代的なインテリア、そしてサーカス。異なるこの3要素をどう一緒に料理するべきか分からないけれど、とにかくそこにその3つがある。そして実際にこの建物を訪れてみると分かるけれど、それはひとつずつしか姿を表さない。それは魔法のように、寓話集のように、異なるパーツから成る動物のように組み合わされ、存在している。そういう考え方で成り立っている建物なんだ。

鈴木:このプロジェクトについて言えば、周辺の界隈の様子がどんなふうに変わっていったかということを見るのもとても興味深いと思う。あの場所へもう一度行って、見てみたいなあ。

ラディック:とても刺激的で良い空間になっていると思う。例えば、僕には、ミラージェスの建築の周りにはいつも何か自由な空気が流れているような気がしていて、彼の建物を訪れる人々は、その空気に流されて空間の中を移動しているように見えるんだ。ちょうどそんな意味で、ここには活気があるし、空気が動いていると思う。それがとても素敵で、僕が気に入っているところかな。

(4階の第2展示室へ移動、つづく)
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著者=スミルハン・ラディック