文・スケッチ/浦一也
ホテルの格付けで、星いくつなどといわれるが、別に公的機関が決めたことではない。つまり、自称である。
このホテルも5つ星とうたっているのだが、それが適切な格付けになっているかどうかは見方による。パリにはすばらしいホテルがたくさん揃っているからなおのこと。
地下鉄の駅からはちょっと歩くが、エトワールの凱旋門にやや近いモンソー公園の前にこのホテルはある。ヒルトンであったせいか利用客はアメリカ人が多い。何年もかかってすっかり改装し、名前を変えた。アールデコ・スタイルのホテルともいっている。
478室。そのうちのテラス付きでエッフェル塔が見える部屋に投宿。
アールデコは、1925年に装飾美術博覧会がパリで催されたが、それ以来、あっという間に全世界を席巻したデザイン様式。パリ、ニューヨーク、ベルリン、フロリダ、上海、日本と各地で微妙に異なっているものの、その直前に流行したアールヌーボーの、植物的有機的な曲線の装飾とは異なり、機械化時代の装飾として、直線的なガタガタ模様とかストライプ、歯車や波や風の模様が繰り返され、コンパスで描かれたような同心円や幾何学的模様などが強いコントラストをもって表された。モボ、モガなどと呼ばれた風俗にも現れたり、その頃のミリタリズムと結びつけられたりもした。
発祥ともいえるパリでも特徴がある。人物や植物などをモチーフとしたものも極度に抽象化・図案化することなく、ちょっとアールヌーボーを引きずったような、比較的リアルな形象として使われたことが多かったのではないかと思われる。
その伝でいえば、このホテル、パリ風アールデコを取り入れていて総じてとてもよくできている。ロビーや宴会場のホワイエなどのパブリック・スペースや、エグゼクティブ・ラウンジは床の石材などに白黒の三角形パターンが執拗に繰り返され、光沢のない金銀は抑えられ、ファブリックはストライプや大柄で、よく効果を上げている。しかもたくさんある額絵や装飾品、照明器具などは具象的な人物像などが使われている。
一般客室もうまく演出されていてバスルームなど機能と装飾のバランスがよく、古さも抑えられていて、パリ風を巧みに全館にちりばめようとしたデザイナーの努力が感じられる。
あの博覧会から90年たった。アールデコは、なおその輝きを失わず、ノスタルジックなイメージを与えつづけていて健在なのである。
マロニエの落ち葉を踏みしめながら買い物から帰ってくるとなにやら騒然としている。消防車が何台も来ていてホースを持った消防士が煙の中を走りまわり、エレベータが使えなくなり、防火戸がすべて閉じた。
「うそー!」と言わせるほど真に迫っていたが、消防訓練のアラーム・テストであった。安全性のアピールには効果的。
数日後、市内で大規模なあのテロ事件が起きた。
Add | 51-57, rue de Courcelles 75008 Paris-France |
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Tel | +33 1 58 36 67 00 |
URL | www.hotelducollectionneur.com |
Ura Kazuya
うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。北海道日建設計デザインアドバイザー。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。
写真/小西康夫