全方向から美しいトイレを目指し、優美な曲線と金属調のラインを取り込む
2022年8月、TOTOのウォシュレット®一体形便器「ネオレスト」シリーズが大きくリニューアルします。その中でも特に注目されるのが、従来の最上位機種「ネオレストNX」の次に位置づけされる、新登場の機種「ネオレストLS」です。デザインに携わった大塚航生さんに「ネオレスト」シリーズのリニューアルのポイントや新製品の見どころについてうかがいました。
2022年7月1日
2023年1月27日
#トイレプロモーション
清潔さとデザイン性を兼ね備えたウォシュレット®一体形便器「ネオレスト」シリーズ。2022年8月からは新機能※「便座きれい」を搭載しています。毎回の使用後に微細な除菌ミストを便座裏に自動噴霧することで、尿ハネによる黄ばみ汚れを抑制するもの。また、お掃除前などに手動でミストを出すこともでき、汚れを浮かせて、手軽に手早くトイレを掃除することが可能になりました。ありそうでなかったこの機能について、研究から開発まで手がけた野越勇介さんに、そのメリットや、量産に至るまでの取り組みなどについて語っていただきました。
※ 便座きれい搭載機種はネオレストNX、LS2、AS2
※ 撮影時のみマスクを外しています
ウォシュレット開発第一部 商品開発第二グループ
野越 勇介 さん
北海道大学大学院・工学研究院で、環境創成工学を専攻。2010年に入社後、総合研究所に配属となり、流体・機構関連や機能水関連の研究業務に従事。2018年10月より、ウォシュレット開発部に転籍し、主に新機能の開発業務に携わる。
野越さんは「便座きれい」機能の発案者のおひとりでもあるそうですね。
野越さん(以下、野越) はい、TOTOに入社してしばらくは神奈川県茅ヶ崎市の総合研究所に所属して、水の流れの研究や、特に当社の独自の技術である「きれい除菌水」の活用について取り組んでいました。これまでノズルや便器内は、きれい除菌水や「トルネード洗浄」、「セフィオンテクト」といった独自技術によって、お客様の清潔ニーズに応えてきましたが、便座裏に関しては、これらのような明確な技術・清潔機能はありませんでした。でも、お客様にアンケートをとると、「便座裏の汚れが気になる」という声が多いんです。そこで、ここをきれい除菌水の漂白効果を活かしてなんとかしたいと思ったのです。
どのような仕組みになっているのですか?
野越 まず電気分解によって水道水から自動できれい除菌水をつくります。そのきれい除菌水をモーターで高速回転させたディスクの上に垂らして、遠心力によって霧状の粒の細かいミストにします。それをウォシュレット®のおしり乾燥ファンから出る気流に乗せて便座裏に届けています。
【きれい除菌水】試験機関:(一財)北里環境科学センター 試験方法:除菌効果試験 除菌方法:電解した水道水と菌液を混合し、除菌効果を確認 試験結果:99%以上(実使用での実証結果ではありません) 使用・環境条件(水質や対象物の材質・形状等)によって効果が異なります。水道水を除菌したという意味ではありません。
なぜいままでこうした機能がなかったのでしょうか?
野越 きれい除菌水は、その名の通り、水を使った技術です。これまでの当社商品できれい除菌水が適用されている部位は、便器内など、排水の仕組みもあり、水で大量に濡らしても問題ない部位だけでした。しかし便座は、お客様の肌に直接触れるので、もちろん大量に濡らすことはできません。主観も入りますが、この「濡れの壁」が大きなハードルだったと思います。
今回の便座きれい機能でも、便器の外側にミストが飛び散ることなく、また便座の表面まで濡れて使用感を損なうことがないように、ピンポイントでかつ微細なミストを便座裏に届ける工夫を施しました。
毎回トイレを使用するたびに除菌水が便座裏に自動噴霧されるので、汚れがつきにくいというわけですね。
野越 それだけではありません。手動でお好きなタイミングで除菌ミストを噴霧することもできます。お掃除の前にミストを出していただければ、汚れが浮き上がるので拭き取りやすい状態になります。お掃除がぐっと楽になり、普段のちょっとしたお手入れなどに、おすすめです!
狙った部位にピンポイントでミストを届かせるとは、すごいですね。
野越 そのためにまず検討したのがミストの粒の大きさです。どのくらいの細かさの水滴が最適なのか。あまりに粒が大きいとびしょびしょになってしまうし、気流にも乗りにくい。でも細かすぎると今度はすぐに揮発してしまって、実は十分に除菌や漂白の効果を発揮しないんです。ミストは粒の大きさによって特性が異なるので、何度も試験を繰り返して粒径0.03mm以上、0.1mm以下であれば、濡れ方を精密にコントロールしながら、狙いどおり粒の動きを制御できそう、ということがわかりました。雨の降り方に例えると、大き目の雨の粒は直径1mm以上であるのに対して、“もや”より大きい霧の状態ですね。
その最適の粒をつくるための仕組みは?
野越 最初は超音波で水を振動させることで霧状にしようと考えていました。でもどうもうまくいかない。頭を悩ませていたとき、娘が雨の日に傘をくるくる回して遊んでいる様子を見かけたんです。そのとき雨水が粒状に周りに飛び散っているのを見て、「これ、いけるかも」と。それで、モーターで回転させたディスクで除菌水をミストにする仕組みにたどりついたんです。
意外と身近なところにヒントがあったんですね。
野越 でもそこからがまた大変でした(苦笑)。仕組みにはたどり着きましたが、それをどう量産できる形にまでもっていくか、が難しいんです。具体的には、微細ミストをつくるための高速回転モーターの探索や、市場で長期間使われる耐久性などの品質の担保、もちろんコストや供給性(調達性)といった制約もあります。回転噴霧の機構については、数十パターンくらいは検討していますね。温水洗浄便座は現状でもいろんな機能を持ったユニットが詰まっているので、新たな機構を搭載しようと思ったら、そのためのスペースを確保しないといけません。また、ほかの機能に支障が及んでもいけません。他の部署とも連携を取りながら、必死に調整していきました。
私の場合は、家電商品なども参考にしています。この機能はどういう仕組みで動いているのかなとか。ちなみに当初の超音波振動によるミスト案は、加湿器や美顔器などの家電商品も参考にしたりしていました(笑)。
ミストを届かせる気流は、温水洗浄便座のおしり乾燥機能を利用しているんですね。
野越 この発想は研究所時代から持っていました。ただ、便器の中央部分には洗浄ノズルがすでにあって、おしりを乾燥させるための温風の吹き出し口はセンターからちょっとずれた位置にある。そこからまんべんなく便座裏に除菌ミストを届けるためには、どんな気流がいいのか、チーム一丸で徹底的に検証していきました。
とはいえ、便器の形状は同じネオレストシリーズでも機種によって違いますよね。
野越 そうなんですよ…。ですから、機種ごとに風の流れを微調整しました。例えば機種に応じて、風量や風向なんかはそれぞれ微妙に変えています。ちなみに吹き出し口には水などが浸入しないようにダンパーと言われる蓋がついているんですが、風量、風圧を調整することでこのダンパーの開き具合を調節して、風の流れの制御に利用しています。
そんなに繊細な動きをしていたとは驚きました。
野越 検討するうえで難しかったのは「風は目に見えない」ということです。水なら色を付けるなどすればその動きは視認しやすいですが、風はそういうわけにはいきません。だからいろいろな試験と並行して、実際に人に座ってもらって便座が過剰に濡れて、不快ではないか、おしり乾燥機能に支障はないかなどを確認する、モニター試験も実施しました。新しい機能を搭載することで、もともとの機能を損なってしまってはいけませんからね。
気流によって除菌ミストの効果も変わってくるんですね。
野越 回転噴霧の仕組みで粒の大きいミストはそのまま便器のボウル部分に噴霧しますが、粒の小さいミストは気流によって便座裏まで運ばれます。こうした性質を活かして、トイレの使用前に便器だけに除菌水をかけたいときは、回転噴霧の回転速度を低速にして粒を大きくし、気流を使わずに短時間で作動させます。使用後には中速回転にして微細ミストを気流に乗せることで便座裏まで噴霧。お掃除前の手動のミストでは高速回転にして極小の粒をつくり、気流によってもっと拡散して便器や便座裏の広い範囲に除菌水のミストを噴霧しています。こうしたモードの切り替えも可能になりました。
水の粒、回転噴霧の仕組み、気流の動き。それぞれ本当に細かい検証や試験が繰り返されてこの「便座きれい」機能が生み出されたんですね。
野越 「まただめか」「もういや」なんてことばかりでした(苦笑)。私の場合、基本的にひとつの仮説や課題に対していくつかのパターンを想定して、複数の選択肢を用意しています。そうして試験などを通じて比較検討して、ベストな答えを探っていくという感じですね。事前にもっときっちり予想を詰めてからベストな案だけで検証していけば、時間やコストもかからず、無駄がないのかもしれませんが、なかなか予想通りにはなりません。ひとつだけの案がダメだったということになれば、受けるショックも大きいですし(笑)。
開発で難しかったところは?
野越 実は尿の成分を人工的に模擬するのは難しいんです。たとえば色などは人によってばらつきも大きいので、より安定的に試験するために、開発チームのメンバーが協力しあって、皆が実際に採取した尿を適度にブレンドして使用していました。色を見てお互いに「体調大丈夫?」なんて声をかけたりもしましたね(笑)。
これだけ研究に打ち込んでいると、プライベートでも頭から離れないのでは?
野越 自分でもトイレを使っているときに「ここがあんな感じで汚れるんだよな」とつい意識してしまいますね(苦笑)。あと、家電量販店などをブラブラしていても「これ、(開発に)使えるな」とヒントを探してしまいます。課題にぶつかった際に、ヒントになりそうなものを自腹で購入することもあります。妻には怒られますが。これまでにないものをつくろうとしているわけですから、そうした好奇心は大事にしたいと思っています。
今後、手がけてみたい製品はありますか?
野越 今回は便座きれいという機能を担当しましたが、いつかは製品まるごとの開発もやってみたいですね。いままで誰もやったことがないもの。やってみたいことはいくつかあるんですが、うまくいくかはわからないので、まだ秘密です。
編集後記
多方向の進化を遂げてきたネオレストですが、この度初めて、便座の汚れ対策の機構が実現しました。つい掃除を忘れがちな箇所のひとつであり、裏側周辺の汚れに悩まされてきた方々は少なくないのでは?コロナ禍以降、トイレ掃除により留意してきた方々の心強い味方でもあります。便座の裏側に適切な湿気を届けるため、開発に当たっては、仮説組み立てと実験を数多繰り返したという話を伺い、驚くとともに納得も。この繊細で実用的な機構を、ぜひ一度目の当たりにしていただきたく思います。
編集者 介川 亜紀
取材・文/渡辺 圭彦 写真/㈱ゼネラルアサヒ 構成/介川 亜紀 2023年1月27日掲載
※『快適はヒトの手から~開発ストーリー~』の記事内容は、掲載時点での情報です。
次回予告
第6回は、キッチン水栓「タッチレス水ほうき水栓LF」の開発技術をご紹介します。新生活様式にマッチしたセンサー式のスイッチのほか、調理や洗い物に便利な形状、お手入れのしやすさなど、いまのキッチンに求められる機能が集積したこの水栓は、どのようなプロセスで開発されたのでしょうか?開発担当者に詳しくお伺いします。
2023年3月30日公開予定。ご覧いただきまして、ありがとうございます。
これからの『開発ストーリー』を充実させたく、皆さまのお声をお聞かせください。
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