全方向から美しいトイレを目指し、優美な曲線と金属調のラインを取り込む
2022年8月、TOTOのウォシュレット®一体形便器「ネオレスト」シリーズが大きくリニューアルします。その中でも特に注目されるのが、従来の最上位機種「ネオレストNX」の次に位置づけされる、新登場の機種「ネオレストLS」です。デザインに携わった大塚航生さんに「ネオレスト」シリーズのリニューアルのポイントや新製品の見どころについてうかがいました。
2022年7月1日

2025年7月1日

2025年8月から、ウォシュレット®一体形便器「ネオレスト」に新機能「便スキャン」が搭載されます。毎日の排便時に便の形・色・量を自動で計測するもので、取得したデータはスマートフォンの「TOTOウェルネス」アプリに記録され、便の状態に応じた生活の気づきに関する情報が表示されます。これまで追求してきた清潔さとデザイン性という価値に、「健康に寄り添う」という新たな価値を加えた製品・サービスの開発です。開発プロジェクトを取りまとめた川田賢志さん、便スキャンセンサーの開発を担当した酒井雄太さん、TOTOウェルネスアプリの開発を担当した西島かおりさんに、挑戦の様子を語っていただきました。

ウォシュレット開発第二部 ウェルネス・通信商品開発G グループリーダー
川田 賢志 さん
2009年に入社。機械工学専攻。大学の研究室では、軽くて丈夫でタフな特殊合金属の材料特性を研究。 ウォシュレットの開発部門ではバルブや熱交換器などの開発に携わり、総合研究所ではウォシュレットの新たな吐水技術の研究開発に従事。エアインワンダーウェーブを開発し、製品搭載までを担当。その後、製品全体を統括するテーマリーダーとなり現在に至る。

ウォシュレット開発第一部 商品開発第一G
酒井 雄太 さん
2010年に入社。機械工学専攻。大学の研究室では人間用の搾乳機を研究。入社後は研究所で福祉機器などの研究開発業務や「便スキャンセンサー」などの基礎研究を担当した後、現部署へ異動。電気や機械を使い、人の使い勝手を確認しながら製品を研究開発した経験は、現在のものづくりにも生かされている。

イノベーション推進二部 イノベーション推進三G
西島 かおり さん
2016年に中途入社。大学時代は開発経済を専攻。入社後は新領域事業のセラミック事業部で技術マーケティングや新規事業開発を担当。2020年にデジタルイノベーション推進本部の創設と同時に配属され、2021年に社会人大学院でデジタルマネジメント学を専攻し、修了した。
2025年8月に発売を開始する「ネオレストLS-WとAS-W」とはどのような製品ですか?
川田さん(以下、川田) トイレとアプリが連動した製品です。便の形・色・量を自動で計測できる新機能「便スキャン」を備え、そのデータを「TOTOウェルネス」アプリで取得して、分析結果や生活の気づきに関する情報をお知らせすることができます。
計測データとアプリが連動している製品として、ウェアラブルデバイス※や体組成計などがよく知られていますが、ネオレストLS-WとAS-Wは、トイレという安心できるプライベート空間での「排せつ」という毎日の当たり前の行為を通じて、自然な形でお客様の健康習慣に寄り添えることが一番の特長です。
お客様自身が気軽に、おなかの状態に関する気づきや行動を変える手がかりを得ることができればいいなと考えています。
※ウェアラブルデバイス:手首や腕、頭などに装着するコンピューターデバイス

開発の経緯を教えてください。
川田 一つは、西島が所属するデジタルイノベーション推進本部で、トイレ内で身体に関する情報をセンシング※し、お客様にとって有用なデータを取得しつつ新たな付加価値を提供できないかと考えていたこと。もう一つは当時、酒井が所属する総合研究所で便の性状をセンシングする研究を行っていたこと。その二つが組み合わさって、「健康」という側面の付加価値を突き詰めていくところから、プロジェクトがスタートしました。
酒井さん(以下、酒井) 私は研究所にいた頃から、人の健康状態を識別するような取り組みをしたいという想いがあり、定期的に開発や実験にトライしていました。便をスキャンする技術がようやく実際に使えるものに近づいたタイミングで、本格的に「健康」をテーマにした製品を開発しようという話が持ち上がり、開発部門へ異動してプロジェクトに参加することになりました。
※センシング:センサーを用いて環境や物体の状態、動き、その他の情報を収集する技術

トイレと「健康」を結びつける発想はどこから生まれたのでしょうか。
川田 TOTOは創業当初から「健康で文化的な生活を提供したい」と、衛生陶器の国産化に取り組みました。その想いは、それから100年以上経った現在まで社内で受け継がれています。2024年度からは、企業理念を実現するためのマテリアリティ(=企業が優先して取り組むべき重要課題)にも、これまでの「きれいと快適」に「健康」という言葉が加えられました。
コロナ禍にはトイレの衛生が改めて世の中の注目を集めましたが、「トイレと健康」は私たちにとって昨日今日に始めたことではなく、ずっと継続して挑戦してきたテーマなのです。
今回、ネオレストLS-WとAS-Wに搭載された新機能「便スキャン」とはどのようなものですか?
酒井 ウォシュレットに格納した「便スキャンセンサー」が、便の形(硬さ)、色、量を自動計測する仕組みです。落下中の便にLEDを投光し、便からの反射を受光して得た情報を解析するもので、バーコードリーダーやコピー機のスキャナーに用いられている「ラインセンサー」を採用しています。ラインセンサーは、1行の線状に画素を配置したセンサーで移動する対象物を撮像し、複数の像を組み合わせて1枚の画像を生成するので、落下する便の形状や色をとらえるのにちょうどいいのです。
じつは、研究開発の初期にはラインセンサーではなく、カメラで撮影してデータを取り込む形式も検討しました。しかしその場合、トイレットペーパーなど余計なものまで写り込んでしまううえ、プライバシーの面でも好ましくありません。そこで、ラインセンサーを採用しました。


便スキャンセンサーの開発では、どのような点が大変でしたか?
酒井 便スキャンセンサーは、画像化されたデータから便の形・色・量の特徴情報のみを抽出して数値化し、形は7段階、色は3段階、量は3段階に分類します。ただ、当初はそれらの基準となる指標がなかったので、とにかく大量の便のデータを撮り溜める必要がありました。
本社や研究所、社員宅などに実験用のテスト機を置いて社員に協力を呼びかけ、最終的に約100人がフィールドテストに参加してくれました。実際に排せつした便のデータを取り、約1000データの中から使えそうなもの500データ程度をセレクトし、指標を決めていったのです。その過程で、便スキャンセンサーの数値データと、排せつ後にカメラで撮影してもらった写真データを紐づけしていくのが、いちばん時間もかかり、試行錯誤で苦労した点ですね。

川田 便の識別方法としては、イギリスのブリストル大学が考案した「ブリストル便性状スケール※」を参考にしています。便の形や硬さによって「コロコロ便」から「水様便」まで7段階に分類するものですが、例えばタイプ4の普通便なら「like banana(バナナ状)」とか「like snake(ヘビのとぐろ状)」といった文章での表現に留まっており、数値的な基準ではありません。
このように定性的な見た目の分類基準を、便スキャンセンサーで得た数値データにどのように適用していくかを独自に決めなければいけませんでした。7段階の境界が、数値でいうとどこになるのか。その判定が非常に難しいのです。
※ブリストル便性状スケール:便の状態を表す世界的な基準として、イギリスのブリストル大学で1997年に開発された。色や形に基づいて「便」の状態を分類

酒井 壁一面に便の写真と便スキャンセンサーの画像を貼って、便の形を判定するためのルールを考えました。まず、有識者の方々に実際の便の写真を見てもらいながら、「これはタイプ3、こっちはタイプ5」と分類し、これを「正解」とします。次に便の写真と紐づけた便スキャンセンサーの画像に対して、便の長さや幅など、使えそうな特徴量(=分析する対象物の特徴・特性を定量的に表した数値)を箇条書きにしていきました。ただ、中には使えない特徴量も含まれていますので、それを除いたり、他の特徴量と組み合わせたりして、最終的に残った特徴量が正しいかを検証する。そんなサイクルをぐるぐる回していきました。
川田 資料にはどうしても便の画像が含まれるので、社内の会議も昼食前には設定しない、資料を白黒に印刷する、便の画像そのままではなくイラストにするなど、気を使いましたね(笑)。
酒井 7タイプすべての排便データを揃えるのも大変でした。両極端のタイプ1とタイプ7がどうしても集まらない。私を含め開発チーム内でなんとかするしかない、と追い詰められて(笑)。サプリメントを飲むなど自らの便の状態をコントロールして、ようやくコンプリートできました。


テスト機で便の落下速度や落ちる範囲の設定を変えながら、便スキャンセンサーの光がきちんと当たるかを確認しました。こうした実験には模擬便(右)を使います。

既存のネオレストに便スキャンセンサーを実装するうえでのご苦労もあったのでは?
酒井 そうですね。開発当初には、研究段階で思い描いていた性能が出ませんでした。その理由は、トイレ内の照明の影響です。そこで、社内の電機開発の専門チームに協力してもらい、ハード・ソフト両面で解決策を盛り込みました。センサーの中にフィルターを付けるとともに、収集したデータの処理の仕方をプログラムで工夫したのです。その結果、誤作動の原因になる外乱光の影響をほぼ受けない仕組みを構築することができました。
そのほか、ネオレストの既存の機能を阻害しないことが大前提でしたので、便スキャンセンサーの「動かし方」には気を使いました。センサーユニットはトイレの中でも汚れがつきやすい部分に格納することから、蓋をつけています。便をスキャンするときにその蓋を開閉させるのですが、ウォシュレット®や使用前に便器に水のミストを吹き付けるプレミストなど他の機能を邪魔することなく、かつ能力が十分に発揮できるタイミングを探りました。

便スキャン機能と連携して使用する「TOTOウェルネス」アプリとはどのようなものですか?
西島さん(以下、西島) 「おなかの健康管理に役立つアプリ」として開発したものです。便スキャン機能で取り込んだ排便の形・色・量などの情報が自動で記録され、アプリ上で簡単に確認できることがポイントです。排便の後、水を流す前に便の状態を見る方は多くいらっしゃると思いますが、それを毎日記録する方は少ないでしょうし、始めたとしても手入力が面倒で続かないのはないでしょうか。そこをこのアプリでサポートできれば、と思っています。
また、記録するだけでなく、便の状態に応じて「お客さまご自身ができること」をアドバイスするリコメンド※機能が付いています。例えば、「野菜スープをつくってみては?」とか「毎晩、7時間の睡眠を取ることを意識しましょう」などと、よりよい食事や運動、ライフスタイルの参考になるような情報を提供する内容です。排便して便秘気味だったら、「どうしたらスムーズに便が出るだろう」と思うでしょうから、そのタイミングでリコメンドが出るようにしました。
※リコメンド:お客様におすすめの情報を提供するサービスのこと

川田 便を計測して表示するだけでは単なる記録で終わってしまいますが、その情報を元に、お客様の生活の気づきとなるリコメンドができたら、健康でありたいお客様にもっと寄り添えるのでは、と考えたわけです。リコメンドの内容については、さまざまなパートナー企業や有識者の方々と意見交換を重ねて、ていねいにつくり込みました。
トイレは老若男女が使いますが、その点は意識しましたか?
西島 そうなんです。ユーザーの属性がものすごく幅広いというのは、私たちの製品特有だと思います。健康管理ができる腕時計型のウェラブルデバイスなどはある程度、ターゲット層が決まっていて、そこに刺さる製品を市場に投入すればいい。けれども、トイレは誰でも使いますよね。若者を狙って尖ったデザインにするとか、高齢者に配慮して極端に大きな文字にするなど、どちらかに偏ることは避け、誰が見ても直感的に理解していただけるUI(ユーザーインターフェース)を目指しました。
もう一つ意識したのは、「継続性」です。世の中に出回っているアプリの多くは、だいたいインストールして1カ月以内にアンインストールされると言われます。そうした現状で、継続して使っていただくためには、「使いたくなる魅力」がなければいけません。毎回の排便ごとに別な切り口のリコメンドがなされることで、「今日はどんなアドバイスが来ているだろう」とアプリを開きたくなる、そんな動機づけも意図しています。

製品開発とソフト開発の部署がタッグを組み、他の部署も巻き込みながらプロジェクトを進める過程で、どんな課題がありましたか?
川田 プロジェクトを推進する立場としては、社内調整がとても大変でした。TOTOとして「IoT」への取り組みはまだスタートしたばかりです。そんな中、アプリやクラウドの構築といった新しい挑戦を含むこのプロジェクトでは、社内外のさまざまな分野の専門家が参加しており、これまでも数多くのウォシュレットの商品開発に携わらせていただきましたが、自身として初めてのことや未経験のことも多く、全体を取りまとめて調整していくことに苦労しました。
西島 これまでの社内の開発プロセスが、あまりデジタル向けに整備されていないと感じることはありました。トイレ製品に紐づくアプリなので、ハード側の品質基準に応じて開発スピードを合わせなければいけません。ハード開発では、基本設計の次に詳細設計に移って、と順を追ってウォーターフォール※的に開発していくわけです。
これに対し、アプリ開発ではまずつくってみて試してもらい、ダメなら壊す前提で、いわゆるアジャイル※的なつくり方をするのが理想と言われています。ところが、今回もそのやり方をしたら、「ハードはこんな設計で進めていたのに、アプリを変えちゃったの?!」と言われたりして(笑)。例えば、ボタン一つにしても、変更のつどトイレ側と仕様のすり合わせをする必要が生じるなど、正直なところ、どうしてもスピードが遅れていく感覚はありましたね。
川田 申し訳ございません(笑)。
西島 いえいえ(笑)。品質を担保することは重要ですから、当然ですよね。これからも、デジタルとハード両輪で商品開発が進めることができるよう、開発プロセスも見直していきたいです。
※ウォーターフォール:一つひとつの開発工程を完了させて進めていくシステム開発モデル
※アジャイル:短期間を一つのサイクルとして、必要な機能ごとに開発を進め、実際にリリースすることを繰り返す
プライベートの体験からヒントを得たことはありましたか?
酒井 ブリストル便性状スケールに載っている便で、自分では見たことがないタイプがあり、本当にそんな形をしているのかと自信を持てずにいました。そんなとき、息子の排せつを手伝っていると、見本とそっくりな便が出て、「やっぱりこれで間違っていないんだ」と安心することができました。妻にも話を聞いたり、絵に描いてもらったりして、家族に助けられましたね。
川田 以前は自分の便にそれほど興味はなく、「トイレはサッと済ませるもの」というスタンスでしたが、このプロジェクトが始まってからは、じっくり眺めて観察するようになりました。飲み会の翌日や焼き肉を食べた後、サプリメントを飲んだ次の日など、行動と便の関連をずっと考えていましたね。
また、いろいろなアプリをダウンロードして比較したり、家電量販店へ行き、体組成計などの販売員さんがお客様に対し、どんなふうに商品説明をするのか聞いたりもしました。専門用語を使わずに、噛み砕いて伝えるにはどうしたらいいか、参考になりました。
西島 私も、アプリを設計するうえで、アプリやウェアラブルデバイスを自分で体験してみることが大事だと思い、実践しました。ランニングをするので、もともとスマートウォッチを持っていたのですが、他の製品も買って、一時は両腕に着けていました(笑)。同じ情報を取得しても、アドバイスの内容や表示の仕方が製品によって異なるので、「こっちのほうが体験としてはいいな」などと楽しみながら比べました。
今後、トイレ開発について目指す方向は?
川田 今回は便という非常にユニークな指標を取り上げましたが、トイレには他にもユーザーとのタッチポイントがたくさんあります。「健康」をテーマにレストルーム全体でそうしたデータを集約し、ますますお役に立てる情報をお客様へ届けられるようになればいいなと思っています。双方向通信によって情報をアップデートできるのが、この製品の最大の魅力なので、お客様と一緒にこの製品とサービスを成長させていきたいと考えています。

編集後記
これまでは「便の状態を記録して、おなかの健康管理などに役立てる」というと、ハードルが高い作業が伴うイメージがありました。今回「便スキャン」、それに連携しておなかの健康管理や日々の暮らしに関する情報を提供してくれる「TOTOウェルネス」アプリについて詳しくお話を伺い、率直に「面倒くさがりな自分にも続けられそう」だと感じました。日々の生活のルーティンの一部が、わかりやすく自動的に可視化され、私たちの健康に寄りそう味方になってくれる。トイレ新時代の幕開け、と言ってもいいかもしれません。
編集者 介川 亜紀
次回予告
次回は、洗練された美しさが人気の洗面化粧台「エスクア」をご紹介。新たに進化したエスクアの開発秘話をデザイナー・開発者に伺います。乞うご期待!
2025年9月下旬公開予定。ご覧いただきまして、ありがとうございます。
これからの『開発ストーリー』を充実させたく、皆さまのお声をお聞かせください。
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