連載2回目は、TOTO出版から発行した作品集『
大地の建築 アンサンブル・スタジオ』の編集とブックデザインに協力いただいた、スペイン・バルセロナ在住の坂本知子さんへのインタビューをもとに構成します。コラボレーションを通じて坂本さんが体感したアンサンブル・スタジオのグローバルな空気や、彼らを読み解く際のヒントなどについてお話しいただきました。
ーーー坂本さんがアンサンブル・スタジオと出会うきっかけは何でしたか。
坂本:わたしがスペインに来たのは、建築家のエンリック・ミラージェスのところで修行するためでしたが、2年後彼が亡くなってしまって、その後アクタール(Actar Publishers)という建築出版社で書籍の編集とデザインの仕事をするようになりました。この出版社が2011年にミース・ファン・デル・ローエ賞のカタログを手がけた際、そこにアンサンブル・スタジオによる「トリュフ」が載っていたんです。これを見たときに、とても印象深かったのですが、それが彼らの作品との出会いですね。スペインで彼らの名前が知られるようになったのも、この作品がきっかけだったと思います。
今回、展覧会に合わせて彼らの書籍の出版プロジェクトに参加させていただくことになり、コロナ前でしたがたまたまバレンシアでアントン・ガルシア=アブリルさんのレクチャーがあったので、聴きに行きました。ご本人にお会いしたのは、その時が最初です。
ーーーアンサンブル・スタジオの作品は、実際に見ましたか。
坂本:「ヘメロスコピウム・ハウス」と、彼らの事務所である「アンサンブル・プレイス」を訪れました。これらの作品は工業製品的というか、理詰めで考えて精密に設計された作品です。一方で、「トリュフ」やレクチャーで最新作として紹介された「カン・テラ(大地の家)」は、非常にアート的な作品で、そこに機能をもった空間がつくり上げられている。両者はまったく分裂しているような印象なのですが、実は通じているところがあり、それが何なのかを、書籍をつくりながら学んでいったという感じです。
トリュフ(スペイン、コスタ・ダ・モルテ、2010)
TOTO出版『大地の建築 アンサンブル・スタジオ』より
カン・テラ(大地の家)(スペイン、メノルカ島、2010)
TOTO出版『大地の建築 アンサンブル・スタジオ』より
ーーーまずは今回、展示の中心となっている大地と対話するようなアート的な作品について、うかがいたいと思います。アメリカでも多くの作品を手がけていますね。
坂本:私が一番見てみたいのは、「ランドスケープの構造体」という一連のプロジェクトです。「トリュフ」を見たとあるクライアントが、これはいけるということで、似たようなことを、アメリカの雄大な風景の中、10倍くらいのスケールで建てるチャンスを彼らに与えたのです。岩や山のようなスケールのものが、影をつくって、集まってくる人や動物のシェルターになる。さらには、音響反射板にもなって、コンサートホールとしても機能するという。一見、ランド・アートのように受け取られそうですが、建築として成り立っている。限りなく計算されているな、と思います。
そして、現在これをさらにもっと大きくした「砂漠の岩」というプロジェクトをサウジ・アラビアで進めていて、これは高層建築並みのサイズが想定されています。小さなものから順に、スケールアップしながら実現させているのでこのような極端な建築も夢物語に聞こえないのです。それはさすがだな、と思います。
ランドスケープの構造体ドーモ(丸屋根)
(米国、モンタナ州、ティペット・ライズ・アート・センター、2016)
©Iwan Baan
「砂漠の岩」(サウジ・アラビア、アル・ウラー、2020)
TOTOギャラリー・間 「アンサンブル・スタジオ展 Architecture of The Earth」より
ーーー書籍には、初期作品としてサンティアゴ・デ・コンポステラで手がけた作品も紹介されていました。
坂本:「音楽高等学校」と「スペイン著作権協会本部」ですね。これらの建物は、私も後から知りました。改めて見直すと、このふたつの建物に彼らの本質が既に現れています。「音楽高等学校」では、この地方で採れる石を切り出して使い、その石切場で出る余りの素材をもうひとつの「スペイン著作権協会本部」では使っています。図と地の関係で、対になっているわけです。彼ららしいのは、素材を探しに現地へ行って、そこにその事務所を構えてしまって、つくりながら考えるというやり方をしたところですね。
ーーーガリシア地方は石の産地ですから、地域と結びついた素材として石を使ったということでしょうか。
坂本:大西洋に面したガリシアは、荒々しい海に向かってゴツゴツした岩が連なる景色のところです。だから石を使うにしても、カタログに載っているきれいに切られた石でつくることには抵抗があった。それで石切場まで行って、4カ月くらい、ああでもないこうでもないと試しながら石をひとつずつ積んでいき、それをスキャニングして模型に置き換え、事務所でまた入れ替えたりしたのちに、それを石に戻して組む。納得する形ができたら、崩して運んで現場でまた組み立てる。手を動かしてつくっているなあ、と強く感じます。
ーーー石で建築をつくるということ自体は、ガリシア地方であれば割と普通に考えられるのでしょうが、アンサンブル・スタジオの場合は、それをどうやって組み上げていくのか、工法というところに一番の関心がある。そこが彼らの特徴なのかなと思います。
坂本:そのとおりです。そこにある素材を使って、何ができるかを考えるということでしょうね。もし彼らが日本で何か手がけるとしたら、木を使って何か新しいものをつくってくれるのかもしれません。与えられた素材があったとしても、その使い方をゼロから考えているんですよね。
コンクリートという素材へのアプローチも、彼らは独自です。コンクリートと言われて思い浮かぶのはもちろん固体ですよね。でもコンクリートというのは、固まる前は液体なんです。それを使って、例えば「トリュフ」でも、土を掘ってその穴に流し込んだり、積んだ干し草の上に鉄筋を入れてそのうえにかけたりしている。コンクリートを固体として扱っていないんです。
できあがったコンクリートは、ごつごつした表面で、着いている土に植物の種が飛んできて、草が生えています。整えられた緑化とは全然ちがって、何万年も前からそこにあったような様相を見せています。そういうタイムスケール感を、意図してか意図せずか、表せているのはすごいなと思います。
ーーーアンサンブル・スタジオのようなスタンスの建築家は、スペインにはほかにもいるのでしょうか。
坂本:たとえばエンリック・ルイス・ジェリ(Enric Ruiz-Geli)というバルセロナの建築家は、セラミック、ガラスなどの素材をそれまでにないような使い方をして目を引きます。しかし、それはハイテックな技術です。アンサンブル・スタジオのように、原始的で洗練されていない方法にあえて突き進むという傾向は、彼ら独自のものです。エコロジーとか、情報化とか、未来を見据えた新しい建築をつくろうとする人はたくさんいますが、アンサンブル・スタジオの場合は、どちらかというとあまりそういうことは気にしていないようにさえ見えるのです。でも現代建築のなかで100年後、あるいは1000年後に残っているものはどちらかというと、アンサンブル・スタジオの作品の方だという気もします。
ーーーお話をうかがっていて連想したのは、鉄筋コンクリート造の「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」にセルフビルドで取り組んでいる岡啓輔さんです。彼も自分がつくるコンクリートは200年は保つと言っていて、コンクリートの打設方法もいろいろと工夫しています。あるいは、西沢立衛さんが設計した「豊島美術館」(2010年)や、石上純也さんが設計した「House & Restaurant」(2021年竣工予定)。これらの建物では、コンクリート打設後に土を掘り返して空間を生み出していきました。何をつくるかと同時に、どうつくるのかが考えられています。
岡啓輔によるセルフビルドで建設が進行中の「蟻鱒鳶ル」
坂本:アンサンブル・スタジオの作品は、世界を見渡しても類例がないととらえられてきましたが、日本に共通性をもったものがあるというのは面白いですね。共感をもって、受け入れられるかもしれません。
ーーースペイン建築界において、アンサンブル・スタジオはどのような位置にあると理解すればいいでしょうか。
坂本:まず押さえておいてほしいのは、彼らはスペインの建築家としてあまり見られていないかもしれない、という点です。ふたりともマドリード工科大学を卒業されていますが、現在、米国に拠点を置き、そこで教鞭をとりながらマドリードの事務所やメノルカ島をはじめ世界中を行き来しながら仕事をしているようです。
ーーー日本から見ると、どうしてもスペインの建築家としてひとまとめに見がちですが、それぞれの建築家からすると、スペインの出身を特にアイデンティティーにしてはいないということでしょうか。
坂本:そういう意味では、TOTOギャラリー・間で2019年に展覧会を行った
RCRアーキテクツとは対照的です。RCRアーキテクツは、ものすごく地元への意識が強くて、スペインのカタルーニャ地方にあるオロットという町に根ざした建築をつくるということにこだわっていました。
TOTOギャラリー・間「RCRアーキテクツ展 夢のジオグラフィー」
©Nacása & Partners Inc.
設計の進め方も、顔を付き合わせてああでもないこうでもないと話をしながら、紙の上に線を重ねてつくっていく。一方、アンサンブル・スタジオは、働き方もつくり方もものすごくインターナショナルです。今回の書籍をつくることになって、初めて打ち合わせをしたのは、コロナ禍の前でしたけれども、すでにオンライン・ミーティングでした。アントンさん、デボラさんがボストンにいて、わたしがバルセロナにいて、別のスタジオ・スタッフがマドリードや、「カン・テラ」があるメノルカ島から参加する。地球のいろいろなところにいる人たちがパッとつながって、「今日は何語で話しましょうか?」みたいな感じで、会議が始まりました。設計も大量のデータをオンラインで共有しながら、たくさんのスタッフが意見を言い合ってつくっていく。土地に根ざさないグローバルな働き方には、正直、びっくりしました。
ーーースペイン出身の建築家では、たとえばアレハンドロ・ザエラ・ポロもグローバルな活動をしている建築家ですよね。
坂本:彼はスペイン出身ですが、ロンドンに事務所を置き、現在は米国で活動しています。FOA(フォーリン・オフィス・アーキテクツ)というかつての事務所名にも表れているように、自分は外国人であるという意識を強く持っていました。そういうスペイン人建築家は、割といるかもしれないですね。日本の建築家だと、日本の文化をルーツにもっていることを誇りに思う人が多いですよね。もちろんスペインにも誇るべき文化はたくさんある。でもそこから抜け出したい願望も強い。「俺たちのことをスペイン建築家と呼ぶな」、それが逆にスペイン人気質なのかもしれません。
ーーーヨーロッパのこの20年間の建築状況を見ると、大雑把にいってふたつの大きな流れがあったように思います。ひとつはグローバリズムで、もうひとつは地域主義です。なかでもグリーバリズムは、レム・コールハースや、その事務所のOMAから巣立ったザハ・ハディド、MVRDV、BIGといった面々を中心に、大きな勢力となりました。スペインもまた、そうだったわけですね。
坂本:スペインの国内事情も関係しているでしょう。2008年からの世界不況の後、十分に景気が回復しないままの状況が続いています。なので、建築家として活躍するためには国外にプロジェクトを探さざるをえない。スペイン人は言葉の通じる中南米で仕事をしやすいという面もあります。
ーーーなるほど。でも、とても意外でした。アンサンブル・スタジオはガリシア特産の石を使ったりして、一見、地域主義者に映るけれども、実はコールハースらと並ぶグローバリストに位置付けられるとは。
坂本:ある土地があってそこに建物を建てるというときに、そのまわりに建っている建物や文化だけを参照するのではなく、もっと長い地質学的な時間でできあがっているものも見ているということなんだと思います。目の前に広がる地形とか海岸線とか。
ーーーコンテクストをとらえるときの視野が広いということでしょうか。
坂本:そう、スケールがちがう。それと彼らが愛用するコンクリートという素材はグローバルな素材で、それを地面を型枠にしてつくります。地面はローカルなものだけれど、それは文化的コンテクストとは無関係で、もっと原初的なものです。大地から生み出された建築、それが今回の書籍のタイトル(『大地の建築 アンサンブル・スタジオ』)にもなっています。
ーーー確かに、普遍的な建築と言うか、根源的なところを追い求めている感じがします。
坂本:重要なのは、彼らが建築家であり、彼らにとってはすべてが設計行為として見なされているということです。今回の書籍にいわゆる平面図や断面図はほとんど載っていませんが、アントンさんは「カン・テラ」を3Dスキャンした不定形なボリューム図を示して「これが僕たちにとっての図面なんだ」とおっしゃっていました。そこにあるのは既存の洞窟の内皮境界面なのですが、それこそが彼らにとっての建築ととらえて設計したということなんだと思います。内部空間のインスタレーションではなく。
ーーーアーティストではない、あくまでも建築家であるということですね。
坂本:今回、TOTOギャラリー・間の展覧会では、アーティスティックに見えてしまうタイプの作品を集めているので、初めてアンサンブル・スタジオの作品を見る人は誤解してしまうかもしれません。彼らはそれぞれ大学で教鞭をとっていて、そこでは低所得者向け住宅の研究など、都市問題の解決にも取り組んでいます。建築の工業化やプリファブリケーションもテーマにしており、「シクロピアン・ハウス」では、マドリードで制作した部材をコンテナで輸送し、米国で組み立てました。スペインの建築でもない、米国の建築でもない、地球の建築。そういう意味で、これも「Architecture of The Eearth」です。正反対のことをやっているようですけれども、共通性があります。
「ランドスケープの構造体」のような作品も、彼らにとっては十分に合理性のある建築です。建築をサステイナブルにしたい。どうすればそれは可能なのか、と考えた時にひとつの最適解が、「ランドスケープの構造体」のようなものなのではないか。岩が立っているだけで、インテリアもエクステリアもない、しかしこれは1000年間も存在して、強い日差しから人々を守ってくれる。そしてすてきな音響効果を与えてくれるコンサートホールとしても使われ続ける。このようにとらえると、超持続的な建築にも受け取れるのです。経済性を追求した工業化とは真逆のように見えるけれども、サステイナビリティの追求というロジックはかけ離れてはいない。アンサンブル・スタジオの建築を、そういうふうに見てみると、面白いと思います。