「懐かしい未来へ向かって」と題する講演は、堀部氏の原風景である横浜市鶴見区のスライドから始まりました。堀部氏の出身地である鶴見と北九州は、どちらも工場地帯であり、当地のさまざまな人々で雑踏する街並みに親しみを感じていると前置きしたうえで、幼少の頃よく足を運んだアーチ構造をもつ鉄道駅舎や自然の大木が残る名刹の境内の記憶などが、すっと自分自身の建築の表現として、「にじみ出ている」、と述懐されました。
作品紹介の最初は、鹿児島県の「南の家」と「ある町医者の記念館」でした。堀部氏にとっては処女作であり、最初は慣れない土地で現場職人の方々とのコミュニケーションにも苦労されたようですが、会話を補う手段として図面を上手に使うことなどでお互いの理解も深まり、ついには悔いの残らない作品に仕上がったとのことです。特に、若い建築士の方々には、最初の仕事は大切にして欲しいというのが堀部氏からのメッセージでした。
さて、堀部氏の講演会は概ね、謙虚な語り口のなかにも微笑を誘うコメントも織り交ぜながら進められますが、シリアスな現実を知り、世の中を客観的にかつ冷静にみる場面も用意されています。人口減や使い捨ての世の流れのなかで、これから求められるものは、世の中の現実を再構築して実体化すること、あるものを生かすことである、との想いを語った上で、各作品の紹介が続きました。客船「ガンツウ」では瀬戸内の風景を生かし、縁側というちょっとした塩梅を加えて居心地のよい空間をつくり出したことや「大山阿夫利神社 茶寮石尊」の改修は小さなことの積み重ねで大きな質の変化をもたらしたことに触れ、最後は代表作の「竹林寺」の多幸感に溢れるスライドと、臨場感あふれる数々の作品の動画で締めくくられました。
見たことのないものはつくれない、どこかで見て体感したことを表現することこそが自身の設計である、とする、堀部氏の建築への思いの真骨頂が満喫できた1時間半でした。
講演会終了後には、「堀部安嗣の建築展」会場にて、映像や建築模型、ドローイングなどを多くの方々に楽しんでいただきました。3月8日までの会期中、"建築を通して過去と未来が時間で繋がり、反復しながら前進し、新たな未来へと進んでいきたい"という思いが込められた展示作品が、みなさまをお持ちしております。(主催者記)