バスタオルは太陽が乾かす ヴィラ・シェルハーゲン ホームページへ

 ノーベル賞の授与式が行われるストックホルムは美しい街。街が森とともに入り組んだ湖や海に浮かんでいる。
 訪れたときは、ビクトリア王女がスポーツジムの元トレーナーの男性と結婚する直前。街中、国中でロイヤル・ウエディング・セレモニーの準備をしていた。ふたりの写真が印刷されたカップなどを売っていて、ついランチョンマットを買ってしまう。平和でもある。
 ガムラスタンと呼ばれる中央の歴史地区は旧市街のまま保存されているような小さな島で、まるで中世に逆戻りしたかのよう。往時はここに城壁をめぐらせてひしめきあって住んでいたのだろうか。
 ガムラスタンをはさんで市庁舎の反対側、水辺にある通りを走るとやがて建物がなくなり野原のような緑地に変わるところ、水辺に臨んでこのホテルというかヴィラがある。いいロケーションだ。
 ここは友人のデザイナー何人かがご推奨。ホテルというより誰かの住宅という雰囲気。平屋、一部2階建てで36室しかない。オーベルジュのキャッシャーのようなフロントレセプションでチェックイン。
 その日はこの1階の部屋しかなく、1室22㎡ほどだったが狭さを感じない。デザインがとても健康的であっさりしていて、しかも落ち着いている。開口部いっぱいの緑陰があふれるように室内を染め、サッシの一部が突き出し窓で、それを開けると水面や樹間をわたる風がゆったりと入ってきて心地よい。
 部屋のデザインはなんの変哲もないように見える。しかし、よく見ると……。ワードローブは奥行きがとれなかったのを逆手にとっておもしろい仕掛けをしている。
 絵を見ていただきたい。扉は壁と「つらいち」で、しかもヒンジがなく扉が浮いて見える。上部は大きくあいたまま。扉を開くと何もない! いったいどうなっているのだろう。扉は軸吊りで回転するのだが上部の軸受け金物は天井ではなく奥の壁から持ち出されているではないか。棚とハンガーパイプなどは扉の裏に付いていて、扉というよりじつはクロゼットそのものが回転する。軀体と特殊金物にしっかりした耐力が必要だし、上下の軸受けの施工精度なども問題で、かなりアクロバットなディテール。奥行き350㎜でもワードローブはきれいにできるぞといわんばかり。みごと。
 バスルームはとても明るい。平屋だから天井に円形のスカイライトがあって自然光がたっぷりと真っ白な室内に注がれ、これは気持ちがいい。タオルは太陽の熱で乾くのが一番なのだと教えられたことを思い出す。緯度が高いから夏は夜まで明るいが、冬は貴重な陽の光なのだろう。
 その日はアスプルンド(*1)の「森の礼拝堂・森の墓地」(1918~20・35~40)や「ストックホルム市立図書館」(20~28)、ノーベル賞の晩餐会も行われるエストベリ(*2)の「ストックホルム市庁舎」(23)などを続けざまに見たせいかフルコースのディナーを3食くらいいただいたみたいにおなかというか頭がいっぱいになっていた。
 しかし、実測をしていると本当のおなかがすいてきた。レセプションの横のレストランが気になる。

*1
/Erik Gunnar Asplund(1885~1940):スウェーデンの建築家。北欧の20世紀の建築家たちに多大な影響を与え近代建築の基礎を築いた。作品に世界遺産に登録された「森の墓地」や、そのなかの「森の礼拝堂」「ストックホルム市立図書館」「夏の家」など。
*2
/Ragnar Östberg (1866~1945):スウェーデンの建築家。ナショナル・ロマンティシズム建築のモニュメントともいえる「ストックホルム市庁舎」が代表作。後進の建築家や日本の村野藤吾らにも大きな影響を与えた。

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