穴のひとつから中に入る。玉砂利が敷いてあり外っぽいが、道に面した外壁から中に入ってまた外というのも妙な気分だ。外壁と新たに現れた内壁のあいだの空間の先のほうに目をやると、喬木が一本植わっていて、こっちへ来いよと誘っている。私は、樹には敏感というか誘われやすいのだ。芽ぶく直前の喬木(きょうぼく)のたたずまいを、どこかで経験したことがある。菱田春草が秋の林の中を描いた“落葉”だ。目の前には本物の樹が生えているのに、左右と上空を白い壁に、それも穴のあいた白い壁体に、立体的に囲まれている状態で目にすると、春草のあの独特な絵の中の樹のように見える。現実感があるようなないような、宙吊り状態。この空間には、物の存在から現実感を50%稀釈するアヤシイ化学作用があるようだ。
内側の壁に付いたドアを開けて中に入る。するとまた白い壁が立っていて、大きな穴があいている。穴の向こうにはテーブルがあって、イスがあって、普通のいわゆる室内がある。