特集2/ケーススタディ

ゆっくりとした時間が流れて

 この家の妙味は、最初に記したとおり目に見えないところにある。飛躍的に精度が増した気象データと予測技術を援用し、空気集熱型のパッシブソーラーシステムにより、太陽エネルギーと冬期には暖炉の火力を用い、極小のエネルギーで室内全体が等しい快適さをもつようにコントロールされているのである。暖房時、屋根にセットされた集熱装置であたためられた外気はファンによって垂直ダクトを下り、床下にまわり、床をあたため、要所の隙間から滲み出すように室内に立ち上っていく。
 その装置としての精妙な仕組みは理解できたとしても、短時間の訪問で実感することは到底できない。けれども、冬期、これほど明るく開放感ある室内のすみずみまでが等しく、身体にやさしいやわらかな暖気であふれ、寒暖の差によって行動範囲が狭められることがないことの驚きは容易に想像できる。
 そしてもうひとつ、断熱性とともに気密性も高いシェルターにもかかわらず、屋内外の関係が緊密に築かれていることの楽しさはすぐにわかる。玄関から両側が全面ガラスになっているブリッジを通ると、片側は野生のままの坪庭、反対側は栴檀の巨木が立ち、お隣のよく手入れされた植栽とつながっている中庭、主屋の北側にまわると、そこは一段下がっていてバーベキューに最適のコーナーがあり、続く裏庭では野菜が栽培されている。2階に上がってガレージ上のテラスに出れば、栴檀の枝葉が天空に広がり、数年前に設置した屋上緑化システムにイチゴが思う様に繁茂し、雨水の貯蔵タンクから水が供されている。居間から地下へ下りると、そこは夏涼しく冬は適度にあたたかく、高窓から自然光が差し込む別世界。250㎡足らずの敷地がすみずみまで有効に活用されている。つくり込みすぎによるせせこましさも、わざとらしい仕掛けもなく、ゆっくりとした時間が流れている。
 このようにたたずまいからすると住環境としてはすっかり熟成しているように思えるが、まだ17年の年月が過ぎたばかり。設計者が思い描いたこの家のライフサイクルからすると、やっと成長期にさしかかった程度なのではないか。これから先の変容を含め、いつの日にか、栴檀の木の下の家として長大な物語が編まれることが望まれる。

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