特集1/対談

「36M HOUSE」にみるミニマル空間

異次元のスケールによるリラックスした生活 文/豊田正弘

 市街地のはずれ、旧道からちょっと奥まったところに、濃いグレーに塗られた12枚の金属パネルが立ち並んでいる。思えば、その殺風景で端正なファサードから、建築家の描いたストーリーは始まっていたのだ。
 正面を左にまわり込んでエントランスのドアを開けると、長大な廊下に対面する。真っ白な壁・天井と、600mm角のトラバーチンの床。そこへ間隔をおいて射し込む自然光・人工光のグラデーションにより、パースは強調され、突然、美術館へ迷い込んだようなスケールに立ちすくむことになる。
 そして最初の角を曲がりドアを開けると、白い光に満ちた、悠然としたスケールのリビング。フルハイトのサッシを通して、右にはガレージを含むコート、そして左にはコートと部屋が延々と重層し、視線が抜けていく。外部にまで連続する白い壁、トラバーチンの床からは、ストイックで静的なイメージを抱いていたが、じつは違う。当日は小雪が舞ったり快晴になったりという天気だったが、そうした自然の変化がダイレクトに空間に反映され、部屋は刻々と表情を変えていく。「白い光」には無限ともいえる種類があるのを知った。そしてその変化は当然、季節によっても大きな違いをもたらす。小川晋一さんによれば、コートにあるモミジの葉の有無で、またその緑の状態で、まったく違った雰囲気になるという。
 また、ガラスのレイヤーは写真で想像するより、はるかに遠くまで視線を運んでくれる。子ども室脇の多目的室で建主のご夫妻からお話をうかがったのだが、ふとその肩越しに、30m先のガレージに停められた車が見えたりするのだ。
 各部屋は廊下を介してゆるくつながっており、広大なワンルームともいえる。しかし、部屋と廊下を行き来するうち、そのたびに舞台の転換に立ち会っているような感覚を覚えた。そしてその根拠は、どうやら壁の「厚み」にあるらしいと気がついた。1.8mほどの幅をもつコアは、各種収納、バスルーム、トイレ、ドッグルームなど、多くの住機能を収めるだけでなく、この住宅の純粋性を成立させるのに大きな役割を果たしているようだ。
 ご夫妻は、以前から小川さんのファンで、価値観の近い方だと思って設計を依頼したという。4人のお子さんがいることから、子育ての場としての家であること、いわゆる「立派な家」はほしくないこと、掃除がしやすいこと、できれば平屋に、などなど、多くの要望が出された。そして、1回目のプレゼンテーション。プランを示す模型を見た途端、おふたりとも「絶対にこの案を変えたくない」と思われたそうだ。建築家と建主ご夫妻との、強靱な意志の持続により、結局、本当にそのとおり建ったというのには驚かされた。
「家族で生活していると、距離感がそれぞれうまくとれるんです。姿は見えるけれど声は聞こえないとか。姿を見せたくないときはブラインドを閉めたりして」というご主人。「すごく楽ですね。オープンな家なので、人を呼んでも苦にならない」と、奥さま。
 絶対的な長さ・絶対的な広さのもつ「力」と、そのポテンシャルを最大限に生かした建築家の構想に、大いに感心させられた訪問となった。

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