TOTO

大西麻貴+百田有希 / o+h展:⽣きた全体――A Living Whole

展覧会レポート
心の詩を朗読するように
レポーター=コヴァレヴァ・アレクサンドラ+佐藤敬 / KASA


白い壁一面に描かれた大きな鉛筆画の物語は木の下の男女からはじまる。彼女は手に本を開き、ふたりは朗読をするかのように遠く彼方へ語りかける。黒鉛の描く線は大地に棲む微生物や虫、洞穴の動物、風にそよぐ草木、そこで集い語らい合う人間たちなど、様々な姿に変える。その中に周辺環境と呼応し合うようにふたりの建築たちは立ち現れ、響き合う。描かれるのは建築を介して生まれる記憶の数々。これらはふたりの物語であり、彼らと時を共にした人間たちの生きた痕跡である。そんな壁画を背景に、私たちの旅路は始まる。
朗読すること 、聴く力と語る力
o+hのふたりといると節々で朗読の場に出くわす事がある。言葉の連なりをゆっくりと丁寧に、噛み締めるように声を出して読む。周りにいる者がその声に耳を傾けながら、自らも文字を追う。発声された途端、紙面に張り付いていた作者の言葉が、パラパラと剥がれ落ち自由さを伴いみんなのものになっていく、そんな不思議さがある。読む、聴く、語る、どれでもあり、どれでもないような面白さ。それはルイス・カーンの言葉であれ、増田友也の言葉であれ、パウロ・フレイレの言葉であれ、朗読を共にしたみんなのものになっていく、そんな開放感がある。そういう感じをふたりの建築からも感じるし、おそらく一緒にプロジェクトをしていてもあるんだと思う。発端は誰のものでも、声を発し言葉が宙を舞った途端、みんなのものになっていく。タンポポの綿毛がふわふわと大空を舞い、見知らぬ地で花を咲かすように、ふたりが見つけ出した種はあちらこちらで花を咲かす。ふたりの建築を訪れると皆が誇らしげに建築について語り出す光景に出会したのは一度ではない。本展もそんな種が至る所に散りばめられている。
肌のようなベージュ、血のようなルージュ
ギャラリーの受付を抜けると、私たちの膝下をひんやりと、そしてしっとりとしたタイルが覆う。ざらざらした薄褐色のグラデーションが追いつ追われつ、日光に誘われガラスの向こう側へと不断に続く。室内には砂浜の波打際のように曖昧な輪郭をもった島々が生まれる。その上に並ぶ模型たちは、周辺環境の記述がなくとも何となく周囲を想像出来てしまうほど、その土地の雰囲気を表出している。概念と形姿の往復の中で、彼らの思想に触れる。ここは地表であり、肌であり、体外である。さらに中庭へ進み、植物で葺かれた屋根の小屋に漂うさわやかな香りの余韻に浸りながら、上の階への階段を上がる。ぐにゃぐにゃとうねる玩具のような手摺りの肌触りに遊ばれていると、突如現れる紅にドキッとする。窓からのぞく写真に導かれながらトンネルに吸い込まれる。鯨のお腹の中に迷い込んだピノキオのような不安と高揚感で奥に進むと、凛とした佇まいの下の階と打って変わりドロドロした様相に溺れる。そこには夥しい数のスタディや美味しそうなモックアップ、生々しい設計プロセスと声、ふたりの個人的な品々が所狭しと並ぶ。ここはマグマであり、血であり、体内である。湿り気たっぷりなのに、キラキラしていて、まるで『真夏の夜の夢』。色んな紆余曲折があるものの、最後は喜劇のように笑顔で終われるのがふたりらしさ。
様々な交換によって形づくられる私たち人間と地球の身体的境界がもっと曖昧だった時代、まだ神がいた。雨乞いをし、豊作を祈願し、天災を祓う。儀式は地球との対話であった。彼らにとっての唯一の処方箋は物語であった。宗教の有効性が危ぶまれる今、改めて地球に対する人間行動の倫理的基礎を建築に問い直す。マザー・テレサは言う「愛の反対は憎悪ではない、無関心である」と。レイチェル・カーソンは『沈黙の春』で念入りな研究と情感溢れる声、科学と詩をもって世界に警鐘を鳴らした。それから半世紀以上の時を経た現在。気候変動など環境問題は科学一辺倒で、人間の心とは別のところで様々な試行錯誤がされてきた。環境問題だけではない。移民や難民、人種やジェンダーなど様々な社会課題もロジカルなアプローチが主で、閉塞感さえある。大切にしていた身近なものが壊れた時、嘆き悲しむ私たち。人間には愛する力がある。その愛を生み出すのは物語であり、想像力である。地球を大きな存在ではなく、身近な小さな場所として捉えていく。科学によって遠くなってしまった環境という概念を再度近しいものにするために、私たちはまず小さな建築を愛すべきなのだろう。
母の助手席で聴いたユーミン
本展を観ながら、なぜだがユーミンの歌声がふと聴こえた。母の口遊みと共に車の助手席で聴いた歌。あの不安定で悪戯な声が、軽快なリズムにのって流れてきた。彼女の歌は高度経済成長期のバブルと共に、その時流を先導するかのように、当時の女性たちを魅了した。女性の様々な生き方を肯定し、背中を押した。彼の助手席に座る人生を肯定すると同時に、男に縛られず自らをハンドルを握り格好よく生きる人生をも肯定した。弱くて守られる存在から、自立した存在へと転換していく時代の、女性たちの聖歌だった。今の私たちは、当時の時代背景や社会のムードなんて関係なく、ユーミンを聴く。荒井由美、松任谷由美、どっちもユーミン。純文学でもあり、ポップでもある、それが私たちのユーミンである。

朗読をするふたり。彼らが詠む物語は、これまで舞台の端に追いやられていた人々と共に新しい社会の在り方を問う。可憐さと新鮮さをもった純文学と、物理や制度との戯れとしてのポップ。心の詩と宇宙の科学、身体の内と外のせめぎ合いに、ふたりの建築のダイナミズムを感じる。
コヴァレヴァ・アレクサンドラ+佐藤敬 / KASA
Aleksandra Kovaleva + Kei Sato / KASA
東京とモスクワを拠点に活動する建築家ユニット。主な受賞歴に、SDレビュー「鹿島賞」、ヴェネチアビエンナーレ国際建築展「特別表彰」、三重県文化賞「文化新人賞」、Under 35 Architects exhibition「伊東賞」「Gold Medal」、MFU「ベストデビュタント賞」。著作に『The Russian Pavilion in Venice Giardini』TATLIN)。 2022年より小石川植物祭を企画発起し総合ディレクターを務める。近年は建築を中心にプロダクト・家具・インテリア・アート・都市計画などスケールと分野を横断し活動の幅を広げている。
コヴァレヴァ・アレクサンドラ / Aleksandra Kovaleva
1989 モスクワ生まれ
2014 モスクワ建築学校MARCH大学院 修了
2014 - 19 石上純也建築設計事務所 勤務
2019 - KASA 共同主宰
2022 - 23 東京藝術大学 COI嘱託研究員
2024 - 明治大学 兼任講師
佐藤敬 / Kei Sato
1987 三重県生まれ
2012 早稲田大学大学院 修了(石山修武研究室)
2012 - 19 石上純也建築設計事務所 勤務
2019 - KASA 共同主宰
2020 - 22 横浜国立大学大学院Y-GSA 設計助手
2023 - 横浜国立大学 非常勤講師
2024 - 早稲田大学 非常勤講師
TOTO出版関連書籍
著者=大西麻貴+百田有希 / o+h
監修=エルウィン・ビライ
著者=チャトポン・チュエンルディーモル、
リン・ハオ、ヴォ・チョン・ギア、
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