TOTO

TOTOギャラリー・間 企画展 How is Life? ――地球と生きるためのデザイン

エッセイ
4名のキュレーター陣とともに展覧会制作に関わった建築家のアリソン理恵さん(展示デザイン)と、東京工業大学塚本研究室の平尾しえなさん(アシスタントキュレーター)。おふたりの視点から、「How is Life?」に照らし合わせてご自身の取り組みについて語っていただくエッセイをお送りします。
真似できる知性としての建築 | アリソン理恵
私は普段豊島区の東長崎というところで、建築設計とともにコーヒー屋とキオスクを運営し、事務所の入るアパートとその畑の管理をしている。建築そのものの設計だけではなく、その運営や維持管理、商品開発やチームづくり等、いくつもの異なる切り口から建築と社会のあり方について考察し、小さな実践を重ねている。
そんな中、今回の展示の冒頭のステイトメントにある「建築が人々の暮らしをよりよくすることに奉仕するものであるならば」というフレーズについて、日々考えている。

建築は人々の暮らしをよりよくできるはずなのだけれど、建築はそう捉えられているだろうか?建築は社会の諸問題を真摯にうけとめ、切実に応えられているだろうか?

かつてイタリアにプロジェッティスタとよばれる人々がいた。彼らは人間の生活環境をよくすることを目標に、社会の在りようを批判的に見つめ、場合に応じてものやプロジェクトをつくっていた。私が成長なき繁栄の求められる時代に思い浮かべる、建築というスキルを活かす人の姿は、このプロジェッティスタに近い。
街を観察し、日常的にさまざまな人とコミュニケーションしながら、その場所に必要なものやプロジェクトをつくり、建築の知性を生かして実践していく。そういった活動の連鎖が、固定化した制度をほぐし、今の私たちの身体に必要な環境を実現していくのだと思う。

そもそも「生活」という言葉は、生業を営み暮らしていくことを意味していたという。しかし現代の都市は、「ワーク・ライフバランス」という言葉に現れるように、ワーク=生業と、ライフ=暮らしの分離を前提につくられており、そこに私たちの生活と都市構造の乖離があると感じる。
街の木を資源として捉え都市の産業として組み立てる「都市林業」、解体される古家からサルベージしたものを再構成して市場に戻す「ReBuilding Center JAPAN」というHow is Life? で紹介している2つのプロジェクトは、そんな都市を否定することなく、観察し直すことで隠れた資源を見出し、さらにその資源と共にある新たな生業の可能性を提示する。現代の都市生活を再構成するその姿勢は、現代版プロジェッティスタの働きを鮮やかに示している。
How is Life? 展示風景
右から「ReBuilding Center JAPAN」「都市林業」の展示
©Nacása & Partners Inc.
今回展示されている21のプロジェクトが示す、建築の知性をより実践的に都市生活の中に展開する試みは、さまざまなスケールで求められている。最近、暮らす街を反省的な眼差しで捉え直し、快適に使い続けられるように手を入れ、例えば前庭を畑にしたり、イタリア料理屋さんに外の席をつくったり、といった小さな部品を整えることで生活環境を改善していく「街の営繕」と呼ぶ実践を始めた。たとえば「15-Minute City」は、そんな中で感じていた都市という漠然とした広がりを自分の歩幅や暮らしといった身体に引き寄せたスケールによって再構成することへの切実さと、そこから組立てる都市のあり方の展開を見せてくれた。

今回私は展示デザイナーとして、キュレーターが選定したプロジェクトの配置や見せ方を決めていった。「How is Life?」という大きな投げかけへの応答としての場を実現するにあたって、私たちは可能な限り活動されている当事者の話を聞き、共に手を動かして展示品を作成しながら、手探りで展覧会を組み立てた。そんな中で私個人としても日々の実践に大きな示唆を与えてくれる、ここには書ききれないようなたくさんの出会いがあった。

今回の展覧会は、見る人の環境や経験によって受け止める内容の全く異なる展示になったのではないかと思う。会場での体験を通して参加者自らが手を動かし、考え、誰にでも真似できる知性としての建築を発見してもらえると良いなと思う。
一級建築士事務所ara/カルチュラルキオスクIAM
コーヒショップ MIAMIA ©yurika kono
アリソン理恵|How is Life? 展示デザイン (写真中央)
1982年宮崎県出身。2005 年東京工業大学工学部建築学科卒業。2010年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2010-2014年ルートエー勤務。2014-2015年アトリエ・アンド・アイ坂本一成研究室勤務。2015-2019年一級建築士事務所teco共同主宰。2020年一級建築士事 務所ara設立。豊島区東長崎にてコーヒショップ MIAMIA、カルチュラルキオスクIAMを運営。
アリソン理恵
©Eichi Tano
連関への想像力 | 平尾しえな
社会的な課題が山積する今の時代において、建築が果たす役割を展望する今回の展覧会において、アシスタントキュレーターとして4名の建築家・建築史家とともにプロジェクトの選定に携わった。
議論のなかでいくつかのキーワードが浮かび上がってきたが、そのひとつが「連関」である。展示されているプロジェクトのほとんどが含む、連関(ネットワーク)に関する言及やダイヤグラムは、建築や都市、ひいては我々の暮らしを地球規模の問題へと接続する試みとも取れ、その表現方法も世界的な議論の渦中にあると言えるだろう。展示はいくつかのプロジェクトを通じて、実際のマテリアルや道具からその裏にある連関を想像してもらうことを試みている。本エッセイでは想像力の手掛かりとして、中庭に展示された「茅葺普請」の背景を解説する。

苫葺き(稲藁葺き)の設計は、展示デザインのaraが中心となって行った。木の下地は大工が施工し、割り竹の下地を私と東京工業大学の塚本研の後輩とで取り付けた。割り竹は千葉県鴨川市釜沼集落の茅葺の葺き替え作業で足場として用いた孟宗竹を転用している。オープンからしばらくの間は、この下地とその前に並んだ藁ぼっち(=苫葺きの材料)を展示していた。藁ぼっちのつくり方は、釜沼集落の近くで農家をしている畑中さんから習った。藁は全て塚本研が釜沼で取り組む稲作の副産物である。下地施工と材料確保を終えた状態で、神戸を拠点に茅葺きを施工している職人集団の「くさかんむり」が現場に入った。作業初日にはワークショップを開催し、一般の方々にも苫編み(稲藁をむしろ状に編む作業)をしてもらい、それを皮切りに職人さんたちが編む作業と取り付けを一気に行った。展示終了後は材料の全てを釜沼集落に運び、それぞれ小屋の材料や肥料、畦の補修などに転用する予定である。
茅葺普請(苫葺き)の連関図
釜沼集落での田植えの様子
稲刈りとハザかけの様子
藁ぼっち © Nacása & Partners Inc.
ワークショップの様子
完成した茅葺
連関を追うと、茅葺が田んぼという風景に、私たちの食卓に繋がっていることが見えてきた。ここで最も難しいのは、連関に組み込まれているものを表現したときに、外部化されてしまうものが同時に発生してしまうこと、あるいはどこまでを示せば連関を示したことになるのかということである。例えば苫葺きでは、一般流通材である下地の木材の出所を私は知らず、苫の取り付けに用いた麻縄もインターネットで購入している。それはある意味「悔しい」部分ということになるのだが、連関の「純粋度」を議論にするのはキリがなく、建設的ではないように感じている。
重要なのは、連関への想像力だ。自分たちがどういう連関に組み込まれているかを理解すれば、それを部分的に再構築する道筋が見えてくる。今の暮らしをかなぐり捨てて産業化以前に戻るでもなく、諸問題を無視した暮らしを続けるでもない、新しい豊かさを考えるきっかけとして「How is Life?」を楽しんでもらいたい。
平尾しえな|How is Life? アシスタントキュレーター
1992年埼玉県生まれ。2017年東京工業大学工学部建築学科卒業。2018~19年スウェーデン王立工科大学KTHに交換留学。2021年東京工業大学環境社会理工学院建築学系修了。現在、同大学院博士後期課程および一般社団法人小さな地球に在籍、「移住者ヴァナキュラー建築」についての調査研究と千葉県鴨川市釜沼集落における稲作・山林整備・古民家リノベーションなどを行う。
平尾しえな