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トラフ講演会「インサイド・アウト」金沢会場

講演会レポート(金沢)
視点の裏返しによる建築の広がり
レポーター=渡邊慎一朗、辰巳祐輔


 TOTOギャラリー・間が主催する「トラフ展 インサイド・アウト」金沢講演会が、10月22日金沢工業大学で開催された。トラフ建築設計事務所の鈴野浩一氏と禿 真哉氏(以下、トラフ)、ゲストに金沢21世紀美術館キュレーターの鷲田めるろ氏をお招きし、トラフの思考を追体験しながら、彼らのコンセプトや歩んできたプロセスが紐解かれていった。
 講演会は、出版されたばかりの書籍『トラフ建築設計事務所 インサイド・アウト』(TOTO出版)の表紙のグラフィックについて、そして現在開催中の展覧会とそのスタディ過程についての話から始まった。
トラフのおふたりがスタディの最初にまず考えたのは、ギャラリーの2フロアに分かれた会場を、いかに一つの体験として繋ぐかということだった。約1年にわたるたくさんの試行錯誤から、一つの大きなテーブルに雑多に置かれた作品群をNゲージのレールによって繋ぎ、そこを走る列車によってそれぞれの作品の関係が結ばれていくという展示方法にたどり着いた。下階の展示を走る列車に取り付けられたカメラの映像は上階に映し出され、展示物の中を巡る視点を体験することができる。
また、上階から再び下階に戻った時に、展示物の見え方や捉え方が違った視点で見えてくるというおもしろさもある。物理的に離れた2つの空間が体験によって繋がれることで、多様な視点での楽しみ方が生み出されている。
電車の旅をするように、トラフの作品を時系列にたどることで、作品だけでなくトラフの思考までも体験できるとても楽しい展示となっている。

次にトラフの最初の作品であり、トラフのはじまりのきっかけとなった「テンプレート イン クラスカ」(2004)から現在に至るまでの作品の紹介が始まった。作品の紹介は、『トラフ建築設計事務所 インサイド・アウト』で数多くの作品を8つのテーマで分類したカテゴリーに沿って紹介された。例えば、「テンプレート イン クラスカ」は、長期滞在者用に客室を改装したプロジェクトで、<モノから風景をつくる>の中で紹介されている。ホテルの備品だけでなく、滞在中に増えていくモノをどう扱うか、どう空間に落とし込むかがテーマとなっており、テンプレートをモチーフに、さまざまなホテルの備品、滞在者が持ち込むモノ等を壁面にフラット(等価)に収めることで、モノから空間全体の風景をつくりだしている。
 <家具のような建築、建築のような家具>の中で紹介されている「目黒本町の住宅」(2012)、「コロロデスク/スツール」(2012)、「Big T」(2016)は、建築と家具の関係をテーマとしたプロジェクトとなっている。もともと事務所として使われていた建物を住宅にリノベーションした「目黒本町の住宅」では、外階段しかなかった建物に内階段を設けるため床に穴を開け、その穴の下に、階段を内包した家具と建築の中間的スケールのboxを設けた。そのboxは階段であり、モノを収納する家具であり、空間を緩やかに仕切るコアでもある。いくつかの機能を内包するboxが家具のような建築、建築のような家具として、建築とインテリアと家具との間に曖昧な関係性を生み出している。

 作品紹介の最後には、<トラフの小さな都市計画>の中からプロジェクトが紹介された。「DŌZO BENCH」(2016)は、手すりが杖を模した「どうぞお座りください。」と人を招くようなベンチで、家具一つ置くだけで街や都市の風景を変えていくことができないかという提案である。また、街中の横断歩道などに引かれ、都市や人の行動のルールを決めている白線から着想された「WORLD CUP」(2006)では、サッカーグラウンドをケーススタディとして、様々な線の引き方をしたグラウンドを提案している。そこには、これまでのサッカーとは異なった楽しみ方や風景が生まれ、サッカーの概念やスポーツの枠組みを大きく変えるような提案となっている。
家具や白線のような小さなモノや作為からアプローチすることで都市を大きく変えることはできないかと考えるおふたり。都市の風景をつくるものすべてを等価に扱おうとするトラフだからこそ見えてくる疑問や発想が、これからの都市や建築を大きく変えてくれる予感がする。
 続いて鷲田氏のプレゼンをはさみ、金沢工業大学の竹内申一氏を加えた4人でのディスカッションが行われた。ディスカッションはトラフの特徴である「領域とスケールの横断」「シンプルな解」が主な話題となり展開された。「建築と家具を等価なものとして考えなければならないプロジェクトが多かった」というトラフ。初期の「テンプレート イン クラスカ」をはじめ、多くのプロジェクトにおいて、既存の領域やスケールにとらわれない視点や発想から生まれたアイデアが多く見られる。それらを生んでいるのは、彼らの言う「フラットな目線で物事を見ること」。スケールや視点を反転させて物事を見てみることや素材そのものの本来の特性を観察すること。既知の常識にとらわれないモノの見方や疑問から、新しい発想が見えてくる。今回の展覧会では、彼らの作品は都市の風景に見立てられ、カメラを搭載した列車トラフ号がとらえる映像体験を通して、私たちは実際にスケールの横断を体験することができる。電車という誰もが体験したことのある視点を媒体とすることで、人びとが作品に入り込めるような文脈がつくりこまれているのである。
また、彼らの作品は与えられた初期条件からは思いつかないような発想のものが多い。それは彼らの「そもそもに戻って考えてみる」といった姿勢からも分かるように、常に物事の根底の部分、条件などを見返し、問いを単純化することによって、新しいアイデアが生み出されているからではないかと考えられる。
 約2時間の講演会はあっという間に終演を迎えた。質疑応答や講演会後のサイン会、懇親会で、学生一人一人の質問や意見を真摯に受け止めながらも、気さくに会話し学生の言葉に返答しているおふたりの姿が印象的だった。私たち学生は、講演会を前に事前学習に取り組んでいたのだが、今回の講演を聞いてより理解を深められたように感じている。それは単に勘違いや読み解きが甘かったというよりは、作品や作品集を見るだけでは読み解けないプロセスや発想の深さがそこにあったからである。講演会では、作品一つ一つのプロセスやコンセプトを丁寧に解説していただき、初めてトラフの作品を見た人にでも容易に理解できるほど、単純な言葉で思いが伝えられていた。
 トラフの作品には、気づきや共感を得られるものが多い。それは、建築の弱さや家具の寛容さ、鉄の儚さや紙の力強さなどといった、従来とは異なる反転された視点からそれぞれのプロジェクトが組み立てられているからである。大規模なプロジェクトは多くないが、彼らの作品を通して見る都市や建築は、これまでとは大きく異なって見える。 「インサイド・アウト」、それは単に展覧会のコンセプトを表した言葉ではなく、トラフの思考のプロセスを示したものなのかもしれない。書籍表紙のグラフィックが示すように、さまざまな方向へとアンテナをのばしながら活動するトラフは、今後私たちにどのような新しい都市の見え方を提示してくれるのだろうか。
渡邊慎一朗 Shin-ichiro Watanabe
1993年、青森生まれ
2016年、金沢工業大学 環境・建築学部 建築デザイン学科卒業
現在は、同大学大学院 工学研究科 建築学専攻(竹内申一研究室)在籍
辰巳祐輔 Yusuke Tatsumi
1993年、兵庫生まれ
2016年、金沢工業大学 環境・建築学部 建築デザイン学科卒業
現在は、同大学大学院 工学研究科 建築学専攻(竹内申一研究室)在籍
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著者=トラフ建築設計事務所