TOTO

トラフ展 インサイド・アウト

展覧会レポート
態度が形になるとき
レポーター=西澤徹夫


 3階会場の部屋いっぱいの巨大な展示台=テーブルの上に並べられた無数のオブジェクト、しかしそれらはテーブルを飛び出して、TOTOギャラリー・間の入るビルの地下から4階まで、めいっぱいに散りばめられている。オブジェクトには1から100まで番号が振られ、短いキャプション付きのハンドアウトが配られる。オブジェクトは模型、サンプル、スタディ、インスピレーションを受けた小物、プロダクト、など多岐にわたり、それらはヒエラルキーなく並べられ、その合間をNゲージの電車がめぐる、という構成。中庭には室内からはみ出したようなテーブルと日陰をつくる布、椅子があって、しばし休んで思案にふけってから、4階に行くと、3階のテーブルとオブジェクトの映像が始まる。さっき見た電車がカメラを載せて進む映像の中では、テーブル上の無数のオブジェクト群がまるで建物のように現れ、架空の都市を旅しているような気分になる。そうして「透明」であるはずのギャラリーの風景や中庭の様子さえも「小さな都市計画」の一部となっている。そうか、と膝を打って3階に戻ると、さっき見たテーブル上のオブジェクトが急に都市に見えてきて、実物のスケールと仮想のスケールとを意識しながらもう一度ひとつひとつオブジェクトを見て回ることになる。今度は鉄道模型の線路に沿って。「インサイド・アウト」とは、小さなスケールから建築や都市を考えてきた彼らの頭の中を全部ひっくり返して見せ、かつ、〈現実の世界=3階〉が〈映像の世界=4階〉へ、そしてまた映像の世界が現実の世界へ裏返ってしまうという、展覧会の仕掛けそのものを示してもいる。
© 大木大輔
 1年も前から始められたこの「展示」のスタディの様子は、メイキングヴィデオに収められている。当初から3階と4階をいかに断絶なく繋げるか、ということにずっと注力してきたことが分かる。いくつかのアイデアをボツにしたあと、鉄道模型にするという飛躍(これもトラフらしい)を経て、なお、そのレイアウト(鉄道模型はそれをレイアウトと言う)の際限ないスタディを繰り返し、鉄道車載カメラのテイクを何度も重ねていく失敗の日々がヴィデオになっており、これ自体もまた展示の一部を成す。
この展示では、彼らの生み出した数々のプロジェクトの詳細な説明やプレゼンテーションにはあてられてはいない。一見ランダムに置かれているように見えるオブジェクトの配置や見え隠れが、映像ベースで極めて精巧に決められていることに「あとから」気付かされる。
© Nacása & Partners Inc.
 そう考えると、この展覧会は、展覧会を展示しているのではないか、と思えてくる。この展示そのものが、トラフのこれまでの仕事を俯瞰したプレゼンテーションなのではなく、これまでの仕事と同列な「展示のプロジェクト」なのであり、この「展示のプロジェクト」は、これまでの仕事を内包してもいる、という順番なのだ。なぜか。テーブルにレイアウトされたオブジェクトは「たまたま」これまでの仕事なのであって、ここにまったく別の、たとえばひとつの住宅のプロセスであったりプロダクトだけがあったとしても、成立してしまうのだ。それは彼らがこの展示を、TOTOビルをまるごと敷地と考えて、鑑賞者の3階から4階へのシークエンスを組みた立てて、鑑賞者へのサービスを怠らず、厳密な距離と配置を設計したオブジェクトのレイアウトをつくり、入念な準備と編集をした映像作品をつくって、展示のパッケージを完璧につくりあげているからにほかならない。決して擬似アートや擬似建築のインスタレーション作品でお茶を濁してはいないのだ。飽くまでも展覧会というものを「建築的に」空間として制作し、展覧会の敷地、つくられ方、その精度、その技術、そこに垣間見えるトラフの思考、それらがTOTOギャラリー・間に展示されているのだ、と考えるべきではないか。トラフはこれまで(誤解されやすいのだが)メディアに消費されるような形で作品をつくってきたのではない。建築家の職能を広げるような活動をしてきたのでもない。トラフはずっと建築「しか」やってきていないのだ。彼らはどんなプロジェクトでも、与条件を「敷地」と読み替える。ユーザーとその周りの「空間」をより豊かなものにしようと考える。そのために「素材」があり、「余白」も必要で、「時間」を考慮に入れざるを得ない。
© Nacása & Partners Inc.
 極めてあっけらかんと、おもちゃ箱をひっくり返したように、ごちゃごちゃと(これらはとても現代的な価値観と美意識でもある)レイアウトしているようでいて、レイアウトも個々のオブジェクトも、膨大なスタディの上に成り立っていて、しかしその上澄みだけをさらっと展示してみせているのは、ぼくには、この「展示がプロジェクト」であることをギリギリ邪魔しないように計算されているように思える。レイアウトされた膨大なプロジェクトひとつひとつはどれも素晴らしい出来栄えであることに変わりはないが、最新作である「インサイド・アウト展」は、これまでもこれからも、ずっと変わらないトラフの建築への真摯な向き合い方を提示しているのだ。
© Nacása & Partners Inc.
西澤徹夫 Tezzo Nishizawa
2000年
東京藝術大学美術研究科建築学専攻修了
2000ー2005年
青木淳建築計画事務所
2007年ー
西澤徹夫建築事務所設立
2011ー2013年
東京藝術大学教育研究助手
東京藝術大学、東京理科大学、日本女子大学非常勤講師
東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル(2012年)、「京都市美術館再整備工事」(2015年~)、「西宮の場合」(2016年)、「907号室の場合」(2016年、グッドデザイン賞受賞)
東京国立近代美術館での会場デザインとして、「ヴィデオを待ちながら」(2009年)、「パウル・クレー展」(2011年)、「Re:play展」(2015年)等。その他展覧会会場デザイン多数。
TOTO出版関連書籍
著者=トラフ建築設計事務所