TOTO

トラフ講演会「インサイド・アウト」東京会場

講演会レポート(東京)
折りたたまれた敷地/世界を開く旅
レポーター=堀口 徹


TOTOギャラリー・間で開催中の展覧会「トラフ展 インサイド・アウト」に合わせて出版された作品集『トラフ建築設計事務所 インサイド・アウト』の表紙にあしらわれたトラフの2人、鈴野浩一と禿真哉の似顔絵風ピクトグラムの画像から始まった講演会。展覧会と作品集のそれぞれに対応した二部構成であるが、それにとどまらず、この講演会自体、また少し違った世界の可能性を開いてくれたように思う。

第一部は、ギャラリー・間の会場構成にいたるまでの試行錯誤を約1年前の日付から日記風に振り返るスライドショーで「インサイド・アウト」の名の通りトラフのデザインプロセスの裏側をわれわれにさらけ出してくれるものだった。驚かされたのは、ギャラリー・間に出現した大きなテーブルの上下と周囲に広がるオブジェクトの世界が、展覧会の一ヶ月前まで不動前にあるトラフのオフィスの中にそっくりそのまま、あらかじめ再現されていたのだ。その風景は、トラフのオフィスに行ったことがある人には共感してもらえるだろうか、彼らのミーティングテーブルを囲む風景に似ているのだ。縮尺模型、サンプル、切り取られたそれらの一部、買ってきたもの、拾ってきたものなどなどが織りなす「アイデアの生態系」である。そして展覧会オープニングの約一ヶ月前、ギャラリー・間での設営作業解禁となった9月12日には、トラフのオフィスの「中身がまるごと街に溢れ出して」ギャラリー・間まで大移動する様子が描かれていた。
©トラフ建築設計事務所
この第一部で最も印象的だったのは、トラフがギャラリー・間を繰り返し「敷地」と呼んでいたことである。しかしギャラリー・間は最初から「敷地」だったわけではない。それは「敷地として開かれた」のである。トラフにとって「敷地」は、プロジェクトにおいて解かれるべき「問い」が立てられたときはじめて開かれるものである。それまでは可能性として「内側」に折りたたまれており、私たちが日常を過ごす身体や視点に対しては「外側」に隠されている。
「3階と4階が中庭により分断されている。鑑賞者は3階からギャラリーに入り、中庭を通って4階に上がり、再び3階を経由してから外に出る。」このギャラリー・間の空間構成を踏まえて設定された「3階と4階をいかに繋ぐか」という「問い」に対してトラフは、3階と4階を単に繋ぐのではなく、4階の展示の中に3階の世界を再現し、さらには私たち(の視点)をその内部に組み込んでみせた。その結果、ついさきほどまで見ていた3階は全く違う世界へと変質し、さらにはギャラリー・間の外にある日常世界を観察する私たちの視線までも変質させてしまった。第一部は、ギャラリー・間の会場構成にいたる紆余曲折の裏側を見せてくれた以上に、私たちの日常世界の中に折りたたまれた「敷地」が開かれていく「インサイド・アウト」の実践を語る物語だった。
©阿野太一
トラフにとっての「敷地」は区画された一片の土地である以上に、世界の可能性を開く「入り口」のようなものである。「敷地」は折りたたまれている。だから分け入って開かなければならない。鈴野と禿は「建築家には身体を伸び縮みさせる能力がある」と語るが、それは建築家一般に備わった能力である以上に、日常の中に折りたたまれた「世界の可能性」を開くという、まさにその意味でこそ「建築」に関わるものだ。トラフの二人は国内外の建築・美術系の大学でも頻繁にデザイン演習の指導に当たっているが、私の前任地の立命館大学をはじめ、スイス、オーストラリアの大学などで行われた「建築と家具のあいだ」と題されたワークショップではまさにこの「問いとして敷地を開く」ことに大きな比重が置かれていた。

第二部は、展覧会に合わせて制作された作品集『トラフ建築設計事務所 インサイド・アウト』に対応する「モノから風景をつくる」「時間を取り込む」「見えないものを可視化する」「家具のような建築、建築のような家具」「余白をつくる」「敷地を与える」「素材から発想する」「トラフの小さな都市計画」という8つのテーマに沿って話が進められた。詳しくは作品集を手に取ってもらうことにして、そこでは建築のアイデアが建築家の内部というよりは、私たちを取り巻くオブジェクトの世界に寄り添うことで発見されるという発想の転換が語られた。世界の見え方は対象とそれを観察する私たちとの関係性、距離感によって変化する。観察する主体としての私たちの身体性や感覚には限界がある。そこで対象との距離感を縮め、対象に寄り添ってみると、世界の見え方が変わり、そこに新しい世界の可能性が開かれる。離れてみると一本の線に見えていたものが、近づくにつれて厚みや立体感、色味や質感、あるいは滲んだ輪郭や内部空間を持っていることが明らかになってくる。トラフが寄り添う対象は、姿形を持つモノばかりではなく、空気や光、時間といった姿形を持たないものにも及び、それらはプロジェクトを通して具体的な手触りを獲得していくから不思議だ。
©阿野太一
限界を秘めた私たちの身体と視点を「伸び縮み」させたり「ひっくり返したり」することで新しい世界の可能性を開いてくれるトラフのスタンスは『Powers of Ten』によりクオークから宇宙までを連続的なスケールで捉える視点を提示したイームズのような建築家の系譜に連なるようにも思えるが、トラフが作り出す世界はルイス・キャロルのような作家が描き出す、伸縮、反転、変換可能な多次元的な世界にも通じるだろうか。クリーム絞りの先端が天窓になるのも、大きなテーブルの「机上」と「under the table」の間にある「小口」なども、折りたたまれた世界の次元に分け入る入り口である。トラフは、私たちの「外部」にあると思われてきたオブジェクトの懐に飛び込むことで、世界に折りたたまれた「次元」を開こうとしているのではないか。
「超ひも理論」が数学的に描き出す世界には時間を含めた11の次元があるというが、私たちを取り巻く3次元の世界の中にトラフが提示するのが、時間を含めた8つの視点(次元?)であることも偶然を超えて興味深い。私たちを取り巻く世界は一体、何次元なのか、そもそも次元とはなんなのか、トラフは数学的な思考実験を、建築という日常にかかわるドメインの中で実践していると考えてみたらどうだろうか。

最後に、「トラフ展 インサイド・アウト」では、トラフがこれまでさまざまなプロジェクトで協働してきたコラボレーターを展覧会場に呼んで行なう対話「アウトサイド・イン」も行われた。それはトラフ展が、内側から外側に働きかける場であるだけでなく、外側からの働きかけにも開かれた場であることを示している。10月14日に開催された展覧会のオープニングには、これまでのギャラリー・間の建築展に訪れたのとは少し違う職種と思われる人たちが集まった。その多くは、トラフのファンである以上に彼らのコラボレーターという意識(あるいは事実)を持つ人たちだったのではないだろうか。トラフにとっての「インサイド」とはそのような多様な他者に開かれた彼らのプラットフォームである。講演会は、冒頭で提示された鈴野と禿の顔のピクトグラムが触手を伸ばすかのように余白を埋め尽くす画像で締めくくられた。それは作品集の終盤の見開きページそのものであり、その余白には、彼らのコラボレーターたちの顔が書き込まれるのだという。それは次なるコラボレーションを予感させるものでもある。
トラフ展「インサイド・アウト」、作品集『Inside Out』、講演会「インサイド・アウト」、連続対談「アウトサイド・イン」、これらの輪郭はどこまで広がっていくのだろうか。会期中、TOTO乃木坂ビルの1階のショールームと2階のブックショップもさることながら、書店での刊行記念トークのほか、他ギャラリー、秋恒例のデザインイベントなどでもトラフが関わるさまざまな連動企画が同時多発的に展開されていた。トラフの「インサイド・アウト」をめぐる動きは東京の中だけにとどまらず、金沢工業大学では鈴野と禿による出張講演会が開催され、それをきっかけに多くの学生が金沢から夜行バスに乗ってギャラリー・間の展覧会に足を運んだと聞く。そして私が教鞭をとる大阪の近畿大学でもトラフ展「インサイド・アウト」の「スピンアウト」企画が開催され、鈴野による特別講演会と製図室でのゲリラクリティークが行われ、鈴野が多くの学生たちに刺激と希望を伝播させていったばかりだ。
展覧会場内を走り続ける「トラフ号」と名づけられた電車を指して鈴野は、「鈴野が運転手で、禿が車掌」と語っていたが、これは彼らの事務所での役割を言い当てているようにも聞こえた。日常の中に折りたたまれた「敷地」に分け入りながら、私たちに新しい世界を開いてくれる「トラフ号」の旅、「TORAFUic(トラフ・ィック)な旅」は、外側から眺めるのも良いが「内側」飛び乗ってみたほうが、楽しくて新しい世界が開かれる瞬間に立ち会えそうだ。
堀口 徹 Tohru Horiguchi
1995年
東北大学工学部建築学科卒業
1997年
東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻修士課程修了
1999年
オハイオ州立大学大学院Knowlton School of Architecture修了
2003年
東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻博士課程修了、博士(工学)
2003-2006年
東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻阿部仁史研究室リサーチフェロー
2006-2012年
東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻助教
2009-2010年
UCLA建築都市デザイン学科客員研究員
2012年
モンペリエ建築大学(ENSAM)客員教授
2012-2016年
立命館大学理工学部建築都市デザイン学科准教授
2016年〜現在
近畿大学建築学部専任講師
建築デザイン教育の国際比較研究に取り組んでいる。Traveling Workshop Practitioner。2016年「第1回アジア建築学生サマーワークショップin大阪&鯖江」ディレクター、2016年「Busan Film/City Workshop」(近畿大学と釜山大学の合同セミナー)、2012年「Google Fiction Traveler」(フランス、モンペリエ建築大学スタジオ)など、世界各地の大学で独自のワークショップを展開。2008年には東北大学時代に担当していた「国際建築ワークショップ/WAW」により日本建築学会賞教育賞(教育貢献)を共同受賞。
TOTO出版関連書籍
著者=トラフ建築設計事務所