レポーター=宮城島崇人
「アジアの日常から :変容する世界での可能性を求めて」と題された今回の展覧会では、出展作家が日本の各地を訪れるという新しい試みがなされ、リン・ハオさんが札幌で講演をするという今回の機会に結実した。講演会に先だって行われた3日間に及ぶ学生ワークショップ(これについてもどこかで発信できればと思う)も含めると、たくさんの時間をリン・ハオさんと過ごした。どこまでも誠実で建築の文化性を信じるリン・ハオさんに教わったことは数え切れないが、本レポートを通してそのほんの一部でも共有することができれば幸いである。
「Towards an old Landscape」と題する講演会は、リン・ハオさんが”建築をどうつくるか”ということよりも大事にしている”環境をどう捉えるか”というところから始まった。人やモノが風に運ばれるように行き着くシンガポールは、周辺の地域とは異なるまったく新しいコンセプトを持っているという。それは一体どんなもので、その中でリン・ハオさんはどのような実践をしているのだろうか。
リン・ハオさんはまず、自身の経験と記憶の大切さを説き、原体験とも言えるいきいきとした3つの空間体験を紹介する。
1つ目は幼少期を過ごしたマレーシアの典型的なコンパウンドハウス。木造2階建てのこの住宅の1階部分は、周囲の庭と連続した柱だけのオープンなスペースで、家具やモノのレイアウトによって自由に居場所をつくることができる。2つ目は、大学卒業後に初めて勤めたシンガポールのオフィス。覆いのかかった吹き抜けの中庭が特徴的で、そこには光が降り注ぎ、雨が入り込み、樹々が生い茂る。動線の中心でもあるその場所には自然に人が集まり、天気の良い日に食事をしたり、休憩やおしゃべりをしたり、外の変化に合わせて思い思いに過ごす。3つ目は、ジャングルに埋もれた友人のアーティストの住まいで、少しづつ建て増された居室やハナレ、それらをつなぐ小径、植えられた樹々がひとまとまりの環境として成長してゆく。ジャングルとのエネルギッシュなつながりのままに。3つの例はどれも周辺環境と住まい手の生活が密接に関係していて、環境とのみずみずしい関係性に開かれている。
続いて紹介された6つの住宅を含む8つの建築は、そうした経験と記憶のエッセンスが随所に散りばめられ、どれも快楽的に見えるほどに開放的である。内外の区別がつかないほどに光がめぐり、風が通り抜け、植物が繁茂する「house with plants/T house」(2011年)。街を歩いた時に色んな風景の変化を感じて、陽だまりで汗ばんだり、木陰に涼しげな風を感じてひと休みするような、そんな街の体験がそのまま住宅で起こりそうな「house with mango trees」(2014年)。ウォーターフロントに造られたフードホーカーセンター「satay by the bay」(2012年)はtropical hatとも言うべきコンクリートの大きな屋根が日陰をつくり、周囲の植物と屋根から垂れ下がる植物によって、建築と環境が混然一体となった驚くべき新鮮な環境が生まれている。
そうした快楽的なオープンさは、東南アジアのトロピカルな気候に支えられた、一見すると楽観的でイノセントな態度に見えなくもない。ところがリン・ハオさんの建築は、変わりゆくシンガポールの風景に対する批判的な実践だということが、続くディスカッションを通して次第に明らかになってゆく。講演会のタイトルに含まれている「old Landscape」とは、例えばインドネシアや香港、シンガポールの古いエリアを歩いた時に感じるような、歓びに溢れ、快楽的な雰囲気で、必要に応じて設けられた庇や植物といった、即物的なものが織りなす風景をいう。リン・ハオさんは、そうした風景が”環境を使う”ことによって生まれるものだと分析する。一方、現在のシンガポールの日常はというと、常に急かされ、室内はどこもかしこもエアコンで完全にコントロールされている。それに慣れてしまった人々にとって、外は出たくない不快な場所になってしまった。外に出る、外にいるという感覚の喪失は、知らぬ間に身の回りの環境や社会的なものとの関わりの喪失へとつながっていく。リン・ハオさんは、そうした状況を苛立ち、徹底的にオープンな建築をつくることで批判的に乗り越えようとしているように見える。環境との繋がりを回復するためには、自分たちのライフスタイルを変えてゆくことも厭わないという迫力で。「old Landscape」がそうであるように、リン・ハオさんはユーザーの目線からいかに”環境を使うか”を考え、住まい手が即物的に応答できる余地を残す。光や風や雨や植物を建築に招き入れ、それぞれがのびのびいられる寛容な状態は、同時に住まい手に”環境を使う”さまざまなきっかけを提供しているのだ。
建築が自然環境や社会環境に寄り添ったり、連続したりすることの可能性や魅力は、既に多くの人たちが気付き始めている普遍的な話題のひとつと言えるかもしれないが、リン・ハオさんの建築が他と一線を画していると思わせるところは、”環境をどう使うか”というユニークな問の立て方と、それに対する極めて主観的で具体的な応答の仕方にあると思う。それは彼の繊細なドローイングからも伺い知ることができる。自身の経験と記憶を頼りに、一人の建築家の身体を通して見出された周辺環境とのみずみずしい関係をきめ細かく、そして大胆に建築にしてゆく。その勇ましさとは裏腹に、彼がつくる建築には押し付けがましさがなく、在り得たかもしれないひとつの環境、或いは風景に達している。だから彼が向かう「old Landscape」は文字通りの”昔の風景”ではなくひとつの比喩であり、リン・ハオさんが建築と環境を等価に考えながら再構築しようとしているシンガポールの”もう一つの日常”なのだろう。閉鎖的で制御された環境の増殖を批判しつつ、シンガポールの力強いコンセプト―「より多くの面積を!より大きな環境を!」―を創造の力に変えて、より開かれた環境を創りだす。リン・ハオさんの建築は、そんな大胆で壮大な試みなのだ。それを小さなアトリエで、アジアの各地から風に運ばれるように集まった出稼ぎ職人たちと協働する、というユニークな方法で、今日もまたきっと企てている。
「アジアの日常から:変容する世界での可能性を求めて」展覧会場 © Nacása & Partners Inc.
ふと、TOTOギャラリー・間での展示を思い出す。彼の建築の小さな模型たちが、土のかたまりの上に無造作に乗せられている。模型は精巧というよりは子供のスケッチのような楽しげな雰囲気で、でもそれは確かに環境との関わりがどれだけ快楽的でリラックスしたものなのかを我々に訴えていたし、それが建っている土の島には水が与えられ、植物が芽生え、湿度を発し呼吸している。それがリン・ハオさんの目指すところを余すことなく、いくらかの狂気を伴って表現していることに、気がついただろうか。