展覧会レポート
「新しい」と「未来」を疑う時代で
レポーター=増田信吾
各々の展示を素晴らしかったと率直に言えないのは僕だけだろうか。理解するのに時間がかかった。いや、認めるのに、という方が正しい。同じ「アジア」とはいえ、各国の気候や風習は全く異なるわけで、さらに出展者のバックグラウンドや展示方法は三者三様であるから、消化しなければいけない情報量が多いのだが、個々が直面している課題がどこか引いた目線に見えてしまったことは、はじめに伝えたい。それは大西麻貴+百田有希の両氏を除く出展者たちが、海外で建築を学んでから自国で設計事務所を営んでいるからなのだろうか。アジアに多く見られるチグハグでスピーディーに消費されていく、乱雑とも言える「日常」が海外から帰ってくると更に浮き彫りになるのかもしれない。そういう意味では、彼らの展示は一歩引いた客観的でありグローバルな視点からの、作家自身の自国感とプレゼンテーションレポートのように感じた。そう感じたのは、僕がただ「日常」という言葉に引っ張られすぎているからなのだろうか。
チャオ・ヤン氏の展示テーマ「地方都市への参与と介入」 © Nacása & Partners Inc.
チャオ・ヤン氏が事務所を構える大理にはかつて、設計事務所がなかったようだ。設計事務所を開設するのはチャオ氏が初めてなわけだから、「建築とは何か」とか、「よって設計料が必要だ」とか、そういう当たり前とされているところから積み上げた経験も含めた展示だった。そのプロセスを経て、施主をはじめとして周辺住民や職人との密な関係が生まれ、展示では施主や自身が実現した建物の素晴らしさや困難だった経緯がドラマチックな映像になっている。
リン・ハオ氏の展示テーマ「往時の風景へ」 © Nacása & Partners Inc.
リン・ハオ氏の展示では、模型群の脇に職人の写真付きプロフィールボードが並んでいた。ヴォ・チョン・ギア氏が屋外に展示したバンブーパビリオンには所々に緑の植物が植えられていた。そのパビリオンが放つ独特な匂いは、耐候性を備え付けるため擦り込んでいる牛糞らしい。大西麻貴+百田有希の両氏の展示では、3つの大きな模型の中にたくさんのスタディー模型がそこかしこに置かれていた。そして、壁面にプロジェクトの経緯や、そこでの経験の説明が成果物と同等に大切なこととしてピンアップされていた。最後に展示されているのは、僕の友人であるチャトポン・チュエンルディモール氏。彼に以前バンコクを案内してもらった時の体験がそのまま展示になっており、これは彼流のおもてなしだ。彼自身が常に言っているように、彼はとてもバンコクを愛している。その醜さも含めて。伝統は伝統として保存されるか、衰退してしまう中で、欧米を真似るのではなく、今こそタイにはタイ建築が必要だ、と彼は僕にいつも言う。この意識はチャットさんに限ったことではないように感じた。もちろん自国を代表して展示しているということもあるが、皆そこに関しては一貫していた。
ヴォ・チョン・ギア氏の展示テーマ「地球のためにできること」 © Nacása & Partners Inc.
ところで、今年の「第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館」に僕たちも参加する。内容は、成長を前提としてデザインされた近代国家の縮退、成長しなくなったこの社会の中で建築はどうなってきているのか。社会全体を対象とする20世紀的なマニフェスト型提案が難しくなっている中、12組による個々の課題の見出し方を「縁」という言葉を中心に置いてレポートする。ヴェネチア・ビエンナーレの総合コンセプトも新しい建築のあり方をそれぞれの国から提案するという、以前の趣旨から見直され、自国の最前線で直面しているそれぞれの困難と独自の知恵をレポートし、一人で戦うのではなく、人が営む場所を改善する策を皆で共有しよう、という実践的な内容だ。今までの「社会」や「自分」に対する疑念の浮上は今とてもグローバルなようだ。
大西麻貴氏+百田有希氏の展示テーマ「経験の一部としての建築」 © Nacása & Partners Inc.
自分自身幸せなことに、物心付くころには大抵のものは揃っていたから「目新しい」ものにあまり興味がわかない。自分を取り囲む状況はすでにさまざまな時代性をもち、それぞれの趣味趣向によるスタイルが乱立していた。与えられた住まいの事足りる環境にも文句はない。十分な前提として受け入れてしまうことができる、むしろ特殊な時代である。でもだからこそ、人間の試行錯誤から生まれる「設計」の重要性をこれからの時代と自分自身に問いたい。歴史や一般的な価値観を踏まえた先、日々変わりゆく「日常」の延長線に、「新しい未来」がどこまで見られるのか、僕はそこに興味がある。
チャトポン・チュエンルディーモル氏の展示テーマ「デザイン屋台」 © Nacása & Partners Inc.
増田信吾 Shingo Masuda
2007年、武蔵野美術大学を卒業。増田信吾+大坪克亘を共同主宰。2010年から武蔵野美術大学非常勤講師、2015年、コーネル大学客員教授。