TOTO

内藤廣展 アタマの現場

講演会レポート
青鬼と赤鬼
レポーター=川添善行


誇り高き遊牧民
「衛星放送でBBCを見ている大草原の遊牧民、っていうのが一番いいんだ。」 何年前のことだったか忘れてしまったが、内藤廣氏はいつか私にそう話していた。たしか、木造の構造体が持ちうるリダンダンシー※について話した後に、どんな生き方がいいだろうか、と話したときだったと思う。それは、世界で何が起こっているかを瞬時に、そして的確に把握する技術を持ちつつも、見渡す限りの大草原で自分がどこに進んでゆくのか、自己の責任と感性において決定する自由を有するという、そうした状況のことを言っていたのだと理解している。その「衛星放送を見ることができる遊牧民」というのは、今思えば、まぎれもなく内藤廣その人であるのだと私は思う。先日ひらかれたシンポジウムの内容を振り返りつつ、その誇り高き遊牧民について、考えてみたい。実は、理性的技術と人間の生き様との関係とは、建築家としての内藤を考える上で重要だと思うからだ。

※リダンダンシー:必要最低限のものだけで構成されるのではなく、余裕を持った状態によって生み出される冗長性。
混乱と矛盾
1月31日の講演会では、TOTOギャラリー・間で開催されている展覧会をふまえつつ、内藤自身を取巻く状況、そこに到る経緯、今この刹那に考えていること、などが説明された。特に、2011年3月11日以降、「『自身の建築』について語ることができなくなった」内藤の、いくつもの混乱と矛盾を包み隠すことなく伝えようとする気迫が、凛とした会場を満たしていた。東京大学での最終講義の直前に起こった大きな揺れ、そしてそこから始まる三陸に通う日々。その格闘の現場をそのまま伝えることで、何かを感じてほしいという願い。講演会の序盤からは、進行中のプロジェクトを中心に、いよいよ「自身の建築」が語られはじめる。内藤自身が3つの傾向(あくまで「原則」ではない)と語る、「幾何学的形態」、「上部の剛性とゆるやかな接地」、「密実さと伸びやかさのダブルシェルター」という考えは、30年以上にわたって生み出されてきた作品群の中に通底する主題として、意識的にも無意識的にも考えられてきたものだ。

青鬼と赤鬼
作品紹介とともに語られたのは、内藤自身の中に潜むという「青鬼と赤鬼」についてであった。青鬼とは、内藤のもつ「現実型、論理、整合性、枠組み、求道的」な側面であり、赤鬼とは「夢想型、支離滅裂、狂気・情熱、逸脱、放蕩」な側面をさす。そしてひとつの作品を生み出す度ごとに、内藤自身の中で青鬼と赤鬼が対話や、時には喧嘩を繰り返す。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」といった夏目漱石ではないけれど、創造者にとってこうした自己の内面の葛藤はなかなかに難しい。とはいえ、これこそが建築家にとって大切な態度でもあるはずだ。武谷三男が『弁証法の諸問題』(勁草書房)で語るように、対立する2つの概念の弁証法的解決の先にこそ新しい体系が生まれるとしたら、内藤の中で絶えず繰り広げられる青鬼と赤鬼の葛藤こそが、平板的なわかりやすさを拒み、多相的な建築をつくりつづける内藤にとっての想像の源であるに違いない。
その場から立ち上がる技術のかたちと、人間への信頼から生まれる新しい風景
展覧会にあわせて出版された本のタイトルは、「素形から素景へ」とされている。素形とは、海の博物館の完成後に内藤が自身の作り方を説明する言葉として生み出したもの。表層的な形の面白さを競うのではなく、設計において「形の原型」を追求しようとする態度表明である。その後、内藤は素景という言葉で自身の問題意識を説明する。素景とはふるさとであり、体験の原型でもあるともいう。自身の建築に対する内藤の説明は、往々にして青鬼的である。しかし、心の内側にはたえず赤鬼が存在し、人間への眼差しを忘れていない。講演会の最後に出された三陸の現状の写真。巨大な都市の論理によって半ば自動的に生み出されつづける風景の前に、呆然と立ちつくす人間の姿。それを見た内藤が語った、「建築は人間を守るものなんじゃないか」という一言に、内藤の中に潜む赤鬼、つまり人間への信頼から生まれる新しい風景への期待を感じざるにはいられない。建築という価値と普通の人々の暮らしの間の信頼関係を再構築しようとする内藤の試みは、まさに今、結実の時を迎えようとしているのではないか。
川添善行  Yoshiyuki Kawazoe
建築家。1979年神奈川県生まれ。東京大学建築学科卒。オランダから帰国後、内藤廣に師事。現在、東京大学 川添研究室 主宰。川添善行・都市・建築設計研究所 代表。工学博士。代表作は、メディジン市ベレン公園図書館、種徳院庫裡改修、佐世保の実験住宅、など。主な著作は「世界のSSD100 都市持続再生のツボ」(彰国社)、「このまちに生きる」(彰国社)。
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