TOTO

中村好文展 小屋においでよ!

講演会レポート
木のぼり男爵のように
レポーター=塚本由晴


TOTOギャラリー・間での展覧会「小屋においでよ!」に合わせて行われた今回の講演会は、中村さんの建築観を余すところなく伝えていた。それは名人芸の呼び声高い中村さんの住宅作品についてというよりは、小屋の系譜学と呼びうるものだった。古今東西の「名のある小屋」をスライドで紹介しながら、そこで営まれた生活について思いを巡らし、最後にその流れに自らの作品を位置づけていくという構成だった。例示される小屋のそれぞれについての、中村さんの気づきが楽しく披露されて行く。

朝廷での出世が思うようにいかず、社会生活を捨てて山に籠った鴨長明の「方丈」に、書や本や楽器が持ち込まれていること。「森の生活」を著したデイヴィッド・ソローがハーバード大学卒業後に都市生活から離れて2年間住んだ小屋には暖炉はあってもキッチンもトイレも風呂もなかったこと。高村光太郎が花巻で独居自炊した小屋の粗末さは、多くの若者を戦場へと鼓舞した詩作を悔やんで、自らに「島流し」を課すものであったこと。日本の近代スキーの草分け的存在の猪谷六合雄が各地に残した小屋が、素人にしかできない合理性を備えていたこと。若くして夭折した詩人・建築家の立原道造の「ヒアシンスハウス」計画が、「一部屋では不便でなくって?」と彼女からチクリとやられたこと。ヨット、マーメイド号で太平洋横断を果たした堀江謙一が作成した、搭載持ち物リストから浮かび上がる、ヨット=洋上の小屋での生活のこと。自転車に乗ってイギリスからスウェーデンに渡ったアースキン最初の自邸のベッドが、居間の天井に吊り上げられるようになっていたこと。カップ・マルタンの丸太小屋の各部の寸法に、ル・コルビュジエがモデュロールを実験的に用い、そして眼下の海岸で溺れ死んだこと。バーナード・ショーの執筆用の小屋が日当りに合わせて回転できる仕掛けになっていたこと。
アースキン自邸の吊り上げベッドを解説する中村好文氏
どの小屋にも住み込むための様々な工夫がある。そうした工夫は空間と道具を絞り込むことによって生じる切実な問題を解決するものである。この解決のために動員される気づきやアイデアは、小屋をとりまく自然や、そこで繰り返される生活を活き活きと浮かび上がらせてくれる。一方でそもそもの問題を発生させた空間と道具の絞り込みには、常に住み手の決意がみなぎる。この決意の質が小屋の有名無名を分けていると言ってもいい。中村さんの小屋好きは、小屋に見られる様々な工夫への好奇心とともに、この小屋にみなぎる決意への憧れを含んでいる。小屋の決意は社会、文明への批評性を伴うことが多い。それは一般的な社会から一旦身を引きはがして少し距離をとることである。なぜそんなことができるのか? 鍵は営巣本能である。巣は世界の中心である。そこに居れば自分が世界の中心になれる。幼少時の中村さんはミシン下を新聞で囲い膝を抱えて潜り込み、事務所を開設すると最初にツリーハウス、すなわち木の上の巣をつくった。
講演会場
マンションや小さな美術館も設計したことはあるけれど、仕立て屋のように相手に合わせた丁寧な仕事を好む中村さんは、言い方によっては「好きなことしかしない建築家」である。例えて言えば、好きな木の上にいて世の中を少し引いたところから眺め、頼まれてもなかなか下りて来ない感じ。まるでイタロ・カルヴィーノの『木のぼり男爵』である。苦手なカタツムリ料理を親から強制された少年コジモが食卓から逃げ出し、木の上に登ってそのまま一生を過ごすおとぎ話。地上の人間が固執する敷地境界に縛られずに、私有地から森までを自由に動き回る創意に満ちた暮らしの中で、コジモは革命を指揮する青年へと成長して行く。中村さんも小屋や樹上住宅の世界にとどまりながら、徐々にある決意を強めていく。それは電力会社や水道局に頼らず、エネルギーを自給自足する生活。中村さんの中にある、世界の中心たる営巣本能は、愛好家の趣味のような可愛さを保ちつつ、文明批評の文脈を獲得しつつある。
中村好文氏
小屋の想像力は「いま、ここ」の社会的な約束にがんじがらめになっている家を、人の暮らしの原点である周囲の自然とのやりとりや、生活のリズムを心地よいものにするための工夫へと解き放つ。それはつまるところ、それぞれの人が世界の中で自分を律し、かつその自律性を維持するために、何かを建てないとやっていけないという、人類学的な問題に家を触れさせる。講演会のタイトルは「小屋から家へ」だけれど、中村さんの仕事はむしろ「家から小屋へ」の回帰を助けるものではないだろうか。
塚本由晴 Yoshiharu Tsukamoto
1965
神奈川県生まれ
1987
東京工業大学工学部建築学科卒
1987~88
パリ建築大学ベルビル校(U.P.8)
1992
貝島桃代とアトリエ・ワン設立
1994
東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)
2000~
東京工業大学大学院准教授
2003、2007
ハーバード大学大学院客員教員
2007、2008
UCLA客員准教授
2011~12
デンマーク王立アカデミー客員教授
2011
Barcelona Institute of Architecture客員教授
2013
Cornell University Visiting Critic
TOTO出版関連書籍
著者=中村好文
写真=雨宮秀也