特集3/ケーススタディ

大工の腕も環境

 お施主さんにお目にかかった。場合によったらここに住んでもいいと建てられた別荘。元駐インド大使の榎泰邦さん夫妻。数十年にわたる海外勤務を離れてようやく日本での暮らしを楽しんでいらっしゃる。外交官を上りつめて退職されているけれどまだまだ忙しい。それでも通年で月2回はこの別荘に通われるという。冬の日、零度以下の寒い日に訪れても、「玄関の扉を開けるとふわっとあたたかい」とは奥さまの言葉。だからこだわりなく冬の那須を訪れることができる。
 この日、棟部分の温度は40℃を示しているという。床下とつながる地下室に下りると、まだ早い春だったけれどあたたかい。身体に無理がこない。那須の厳冬には、補助暖房として、また観賞用としての暖炉の炎が使われる。
 那須の春の美しさに圧倒された。もえぎ色の樹海がはるか彼方までゆるやかに延びていく。
 内部は天井の木組みがみごと。すべて地元の杉。隅木は湾曲したアテ材が使われている。プレカットなし。すべて大工の手技。知恵と経験でつくられている。これをやるにあたって野沢さんは最初から大工の薄井一郎さんをあてにしていたという。以前この近くで設計した「いわむらかずお絵本の丘美術館」(98)で出会った人。図面を渡すと余計な質問なしで仕事にかかれる。薄井さんに聞いてみた。「大変だったでしょう」「いや、いつものことだから」「アテ材を使うと接合部の角度の計算が難しいでしょう」「仮組みは一応やりますよ。組んでダメだったらやり直し」。やり直しが気にならないらしい。「僕は中卒の大工だから」というのが誇らしげだ。
「本当の大工の数が減っている」「技術保存のためにも、大工の技術を生かす仕事をつくりたい」とは野沢さん。「もちろん、うまい大工は人工も高い」「しかし、ひとりの人工が5000円高くても、全体を考えるとそれほど大きな影響が出るわけではない」と認識している。
 これもまた、日本の建築技術の保存を考えた、意識的な環境づくりのひとつと考えたいということか。

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