特集2/ケーススタディ

無装飾でフラットな表現の獲得

 かけられるコストはまず、2層分または3層分のコンクリート壁を精度よくつくり、ボリュームを確保することに集中されている。シンプルな形状で、スペース同士の間仕切りがほとんどないことは、コスト面での制約が大きく関係している。仕上げも、実際的で安価な素材や技法が使われた。たとえば、オフィススペースや住居スペースの床仕上げは全面ビニルタイル張りであるし、アトリエの床仕上げはモルタル金ゴテ押さえである。また、アトリエの天井は、断熱効果を期待して銀色の保冷シートが張られている。結果としてアトリエの床・壁・天井はすべて無彩色の素材に囲われ、抽象的な雰囲気が高いものとなっている。すべて白い素材で囲われた住居スペースも、抽象的な空気感の強いものである。
 空間が抽象的になっているのは光の状態のためでもある。アトリエでは、作業の下地となる壁に大きな窓を付けるわけにもいかないので、西と南の壁に沿ってL字型にトップライトが設けられている。鉄骨の箱をのせる際に二辺を残して東側にずらし、その隙間をトップライトにしたのだ。その際、居住性を高めるためにペアガラスとすることが検討されたが、予算の関係で断念。シングルガラスの内側には、断熱性を高めるために白いポリスチレンフォームが張られた。このトップライトを通る光はやわらかく拡散し、アトリエの壁を伝いながら空間全体をぼうっと明るくする。住居スペースでも、横長窓から入る光はツヤのあるタイルや白い壁・天井に反射することで、影のないような浮遊感が生まれている。
 このミニマルな空間は、敷地やコストなどの諸条件と制約、設計者と施主の嗜好といった数数のベクトルがすべてうまく揃い、産み落とされたものであるようだ。海に向かって立つふたつの箱の姿は、記号としてのミニマルの枠を越え、この場がさらに新しい刺激と創造の場になることを予感させるものとなっている。

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