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TOTOギャラリー・間150回展 伊東豊雄展 台中メトロポリタンオペラハウスの軌跡 2005-2014

展覧会レポート
大いなる“みんなの家” 台中メトロポリタンオペラハウス
レポーター=柳澤 潤


伊東さんが腕組みをして洞窟(トンネル?)の中にしっかりと立って「早く見に来い」とでも言っているかのような写真(写真1)にも誘われてTOTOギャラリー・間で開催中の「伊東豊雄展 台中メトロポリタンオペラハウスの軌跡 2005-2014」を見て来た。
伊東さん単独での展覧会としては、まだ僕が学生だった1986年の「伊東豊雄建築展 風の街の建築たち」から実に28年ぶりだそうだ。しかも今回は「台中メトロポリタンオペラハウス(以後、台中オペラ)」に絞った展覧会。オープニングに伺えなかったので、伊東さんの思いや会場のコンセプトなど全く知らずに訪れることとなった。「一体どんな展示空間になっているのか?会場もチューブ状になっているのかなあ」などと勝手に想像を巡らせて会場に入った。しかし会場に足を踏み入れた瞬間、その期待はまず軽く裏切られた。
※「台中メトロポリタンオペラハウス」の正式名称は「台中国立歌劇院」になりました。
[写真1] © 安永ケンタウロス/parade inc.(amana group)
Room1(第1会場)
最初の部屋ではコンペ時から、現在の現場の状況、設計図書のチェック状況に至るまで詳細に展示されている。(写真2)台中オペラのコンペの前に、ベルギー「ゲント市文化フォーラム」でのコンペ案(2004年)も示され、その類似性や関係性もあからさまに提示している。さらには空間構成原理を発見するまでの過程やそのモデル、「sound cave」などと言ったチューブ状の空間を比喩的に表現するスケッチ(写真3)など台中オペラが出来あがるまでのありとあらゆる情報が壁いっぱいに展示されている、しかもあまり整理せずに。その中に、これまたあまり見たことのないようなビビッドな色遣いの大きな符箋のような青と黄色の色紙にわかりやすく文字が書かれている(写真4)。情報量が多くて消化するのに結構体力がいる。でも伊東さんが自身で描かれたスケッチや文章を探すのも結構楽しい。さらにふと振り返ると会場の中央には色んなスケールのスタディ模型が比較的無造作に置かれている(写真5)。展示してあるというよりは、何だか現場事務所に置かれている模型の状況そのもの、といった感である。伊東さんのこれまでの展覧会には、何かしら抽象的な表現を織り交ぜて提示されることが多かったと思うが、ここには微塵もない、具象しかない。そうか、伊東さんはありのままを展示したかったんだ、きっと。ビビッドな色紙の符箋はなんとなく子供っぽいというかどこかお役所的なわかりやすさも感じるが、とにかく「全てを伝えよう、開示しよう」というエネルギーの塊のような展示なのだ。会場に居る人の動きもまちまちで、これほどまでに情報が多岐にわたると皆それぞれ勝手に自分の場所を見つけて呟いている。なるほどこれは結構見ていて面白い、次第に楽しくなってきた。少し人が増えて来たのでそろそろ外の展示へ。
左上より[写真2][写真3][写真4][写真5] © Nacása & Partners Inc.
Terrace(中庭)
カテノイド曲線を構成するチューブ状の躯体のモックアップ(現寸模型)が物凄い質感をもって置かれている(写真6)。実は、今年の5月末に台中オペラの現場を見学する機会があった。その際にこの配筋の凄まじさを体感していたので、ここでは改めて本当によくやるなあ、とまじまじとその鉄筋の束のものとしての量感に感嘆してしまう。「これを施工するのに設計者も構造家も施工者もどれだけの労力を要したんだろう、これって果たして現代的なことなのだろうか」とか「ピラミッドを造るときこんな感じだったんじゃないか」とか「これはもう絶対に壊せないってことの意思表示に違いない」とか、その状況を見ているだけで妄想がどんどん膨らんでしまう。ついには「これは、今の日本の公共建築じゃ出来ないだろうなあ」という羨望と若干の悲観的な気持ちにさえなる。アジアの台湾という、まだ建築に希望がみえる国だからこそ可能だった奇跡の躯体なのではないだろうか。このモックアップをじっと眺めるだけでも、台中オペラが建築としてというよりかは何か人間がつくる構築物としてこれから先何十年いや何百年と台中に息づいていくことが想像できる。 「せんだいメディアテーク」(2001年)の現場で、あの力強い鉄骨の柱や薄いハニカムスラブの鉄板溶接などを目にした時には造船業に係る日本の技術力に感嘆したが、台中オペラは何だか人間の力に感動するものなのかも知れない。これは台中オペラの現場を体験したからこそ分かったことだが、このカテノイドで切り取られた虚空と言ってよいチューブから見える外部はとてもユニークな風景になる。敷地を取り囲む高層の集合住宅はいかにも新都市を想起させるし、南には緑の公園が軸線上に広がっている。このチューブ状の窓は大きなカメラのレンズを覗いて見ているような錯覚にもなる。台中の新都心が台中オペラによって新しい視点で切り取られ、かつ繋がる。新都心のハブのような建築になるだろう。たったひとつのモックアップが、いつの間にか都市や建築の成り立ちにまで思いを馳せられるなんてなかなか無いことだと思う。ただ凄いということではなくて、伊東さんはこれからの日本の建築のために、みんなに感じて、考えてもらいたいのだと思う。このモックアップは是非日本中を巡回して多くの人の目に触れて欲しい。さて少し妄想が強くなりすぎたので、上階のもう一つの展示室にあがる。
[写真6] © Nacása & Partners Inc.
Room2(第2会場)
 上階の展示室に入るとまず、ヘッドマウントディスプレイを装着して実際の現場の空間をヴァーチャル体験できる。首を動かすと360度全天球が広がる。僕にはどちらかというと、それを装着している人の振る舞いの方が面白い(写真7) 。奥の部屋では、これまでに関わった現場事務所のローカルアーキテクト、現場監督、建築家レム・コールハース(Rem・Koolhaas)、台中市長らのインタビュービデオがスクロールされている。特にレムの「今日の建築で最も重要であることはリスクを冒すことであり、この建築はそれを実現している、この建築は長らく宙に浮いていたある問題をようかく明らかに出来る」というコメントは伊東さんと同時代を生きる建築家の矜持を示していて興味深い(写真8)。現場の監督やローカルアーキテクト、市長の晴れ晴れとした表情もとても印象に残った。展示室の壁には写真家イワン・バーン(Iwan Baan)のスナップショットがコラージュのように展示されている。ひとつの連続体である台中オペラの空間を断続的な切り口で表現している、イワンの詩のような言葉もとても新鮮だった(写真9)(写真10)。
久しぶりにじっくりとTOTOギャラリー・間での展覧会を見た。情報も多く、もしかするとあの鉄筋のモックアップだけでも良かったのではないかとさえ思う。でも今回の展覧会を通じて、伊東さんは抽象的な表現を一切使わず、ストレートに具体的に語りかけてきた。それは建築に関わる我々全ての人に対しての叱咤激励であり、もっと分かり易く、どうやったら建築が一般の人にも理解されうるだろうか、というような自分との闘いの軌跡でもあるように思う。
左上より[写真7][写真8][写真9][写真10] © Nacása & Partners Inc.
Inviting Architecture――これからの建築へ
さて、長々と展覧会の様子を書き連ねてきたが、今回僕がこうして展覧会レポートを書くことになったのには理由がある。まず僕は伊東さんがここ数年、力を注がれている震災復興の「みんなの家」(2011年~)のあり方やそこでの発言と、この台中オペラとはどうしても接点が見つからない、と伊東さんにメールしたことに端を発していると思う。一昨年のOB会では「ヤナギ、もう形式なんて言ってる場合じゃないんだよ」とお叱りも受けた。しかしながらゲントのオペラハウス案や台中オペラ案が発表されてからずっと疑問に思っていたこと、簡単に言えばこれはフォルム優先の形態操作にすぎないのではないか、ということであった。そしてその疑問は多くの建築関係者にある程度共通のものではなかったのではないだろうか。実はそのことを自分自身で確かめる為に今年の5月に一泊二日の強行スケジュールで友人建築家と現地を訪れた。
もうほとんど躯体が出来あがっていて、生々しいコンクリート曲面を左官で仕上げている状態で見ることができた。そこで体験したことは、おそらく一生身体から離れることのないような衝撃的な経験である。頭から離れても身体がずっと記憶しているようなそんな体験だったのである。もうこれは建築ではない、トンネルとかダムとか、そんな構築物が街のど真ん中に生えている。しかも大きな口をあけて地面からも空からも。まるで皆を招待しているかのように。「ああ建築ってこんなことが出来るのだ」と素直に感動したのである。この感動は「せんだいメディアテーク」が竣工した時に感じたものとは次元が異なるものである。もっと素直にストレートに、誰にでもわかる種類の感動なのだ。そして同時にこのオペラハウスは台中の市民に愛されずっと大切にされるであろうと瞬間的に理解できたのである。これはまさに台中の人にとって大いなる“みんなの家”である。かつてエクスクルーシブ(排他的)建築のあり方に対してインクルーシブ(包括的、包含的)建築と表現した時代もあったが伊東さんの台中オペラはその両者も孕みながら人を誘う、招待する(インバイティング)ような建築である。
これは巻頭の伊東さんの写真がそれを物語っている。

「台中オペラハウスの軌跡」は実は、伊東さんの建築に対する思考の軌跡であり、1971年に発表した「アルミの家」(1971年)や一連の「URBOTプロジェクト」の宙に向かうチューブから落ちる乾いた都市の淡い光が40年以上の時を経て台湾で明るく熱気に満ちたアジアの希望の光の筒へと進化し、大きな“みんなの家”となったのである、と僕は理解している。世界にこの建築(家)が生まれて本当に良かったと思う。
柳澤 潤 Jun Yanagisawa
建築家。東京工業大学 人間環境システム専攻連携准教授
1964年東京生まれ。1992年東京工業大学大学院修士課程修了、伊東豊雄建築設計事務所入所。2000年 コンテンポラリーズ設立。

受賞
日本建築学会作品選奨、日本建築士会連合会 優秀賞、東京建築士会 住宅建築賞、神奈川築コンクール優秀賞。

主な作品
みちの家、ルネ・ヴィレッジ成城、塩尻市市民交流センター(えんぱーく)、逗子市小坪大谷戸会館、京浜急行電鉄黄金町高架下新スタジオ 等
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