Case #3

In Harmony with the Landscape 03
ロサンゼルス郊外に建つ
街に開かれた集合住宅

障がいを抱えたり路上生活を送っている退役軍人のための集合住宅。
いままでの路上生活者の施設は簡易的で閉じたものがほとんどであったが、最新の環境対策が施された豊かな空間と、街に対してオープンな施設にすることで、居住者たちを通常の社会生活に溶け込ませる仕組みをつくり出した。
路上生活を送っている退役軍人が全米一多いロサンゼルスの郊外に、開かれた集合住宅つくり出すことで、街に新しい風景を生んだ。

作品 「ザ・シックス / The SIX」
設計 ブルックス+スカルパ

テキスト/新建築社
撮影/Tara Wujick, Brooks + Scarpa

  • 東側から見る夕景。1階はオフィス、退役軍人のための支援スペース、駐車場、駐輪場、2階に広々とした中庭、2階から5階に個室がある。この地区は交通機関や自転車専用道路があり、自転車での移動が可能であるため、健康面を考慮して駐輪場がつくられている。
    撮影/Tara Wujick

退役軍人のための集合住宅

日本では実感する人が少ないだろうが、米国では退役軍人が数多くいる。しかもロサンゼルスは米国一、路上生活を送る退役軍人が多く、その数はニューヨークの2倍以上にのぼるといわれている。そういった状況において、これまで路上生活を送っていたり、障がいを抱えている退役軍人のための、住居、支援サービス、リハビリの場を提供すべく「ザ・シックス」は建設された。
場所はロサンゼルスのマッカーサーパーク地区で、米国で人口密度の高い地域のひとつに数えられている。その中で、安らぎを提供する住居の設計が求められ、ワンルームタイプが45室、1LDKタイプが7室の合計52の個室がつくられた。
設計者はロサンゼルスに拠点を置くブルックス+スカルパ。1991年にピュー+スカルパとして設立され、その後、アンジェラ・ブルックスとローレンス・スカルパをリーダーに25名の所員がデジタル技術を駆使し、建築だけではなく、ランドスケープ、環境計画、家具などを手がけている。また、環境面に配慮した設計者としても知られている。

パブリックゾーンを豊かにする

この建築でもっとも特徴的なのは東面につくられた大きな開口だろう。障がいを持つ方や、いままで路上生活を送ってきた方は、屋内に引きこもりがちである。そこで、できるだけパブリックゾーンに居住者が出てきやすく、コミュニケーションを促進する工夫が空間に施された。その代表的な場所が2階の中庭である。2階から5階まである個室に囲まれ、廊下からは中庭の空間と階下に見える街路とを視覚的につないでいる。これにより、入居者は安全なオープンスペースを楽しみながら、建物の外にある大きなコミュニティとのつながりも感じることができるのだ。

  • 2階中庭につながる階段。外階段はいずれも標準仕様ではなく、蹴上の高さなどを調整した特別にデザインされたものになっている。エレベーターは意図的に目立たない場所に設置され、居住者に階段を使って建物内を移動するよう促しており、省エネと同時に健康状態の改善にもつながっている。
    撮影/Brooks + Scarpa

  • 1階外構。できるだけ植物で覆われるようにつくられている。
    撮影/Brooks + Scarpa

水やエネルギーのためのデザイン

「ザ・シックス」で、もうひとつ注目すべき点は環境対策であり、世界標準の環境評価ツールであるLEEDのプラチナの評価を得ている。
そのひとつが水のためのデザイン。この地域は数十年にわたり水不足が続いており、地方自治体から節水や雨水管理を義務付けられている。そこで雨水対策として敷地の30%以上が植物を使った造園や浸透性のものでつくられている。非浸透性でつくられた屋上や2階デッキ部分などの雨水は、敷地内の浸透性プランターに流れるようになっていて、そこで雨水の貯留と濾過を行う。これにより、建物の表面に降った雨水の100%を何らかの方法で敷地内に留めておけるようになっている。
エネルギーのデザインもある。ロサンゼルスは温暖で乾燥した晴天の多い気候であるため、複数のパッシブデザインが使われた。広々と開放的な中庭やほとんどの個室は風通しがよく、自然光がたっぷりと降り注ぐ。壁と屋根の断熱性を高め、明るい色の屋根と屋上の植栽により熱吸収を軽減、さらに1階の駐車場も自然換気を取り入れたデザインになっており、全体的にエネルギー負荷を削減している。

  • 1LDKタイプのリビング・ダイニング。「ザ・シックス」には、ワンルームタイプが45室、1LDKタイプが7室の合計52の個室がある。
    撮影/Tara Wujick

  • 1LDKタイプのベッドルーム。
    撮影/Tara Wujick

  • 大きなキッチンがついた2階娯楽室。中庭とオープンなガラス張りの壁で仕切られており、居住者同士の交流を奨励するものとなっている。ほぼすべての空間から屋外を眺めることができる。
    撮影/Tara Wujick

ロサンゼルス郊外の風景

この地域は、ロサンゼルスの典型的な郊外型開発地区であるが、路上生活をしている人が増えている。これはロサンゼルスに限ったことではなく、同じような傾向が米国各地で見られ、都心にいた路上生活者が次々と郊外へ押し出されるだけでなく、不安定な社会保障と体系的な所得格差を理由に、もともと郊外に住んでいて路上生活者となった人の数も増えているのだ。状況は厳しいものであるが、ロサンゼルスでは、街中に新たな公共住宅群を建設することで、路上生活者に住む場所を提供する準備を進めている。
「ザ・シックス」は、従来型の個室が並んだ集合住宅ではなく、みんなが寄り添い、コミュニケーションを促すよう、大きな開口で街に新たな風景をつくり出した。
軍隊で「got your six」といえば「すぐそばにいる」という意味がある。「ザ・シックス」はこの表現から名付けられていて、まさに居住者の「すぐそばにいる」ものとなっている。

  • 2階中庭。上部と東側から明るい陽射しが降り注ぐ。積極的にコミュニケーションを取ることが苦手な居住者にも、離れたところに座って快適に外部との接触ができるよう、2階中庭と屋上は平面的に動きを持たせた設計になっている。
    撮影/Tara Wujick

  • 屋上を見る。屋上はグリーンフールや広いパティオと菜園があり、周辺を一望できる眺めのよい場所となっている。また、鳥などの移住動物に適した在来植物や気候に合った植物で造園されている。
    撮影/Tara Wujick

「ザ・シックス / The SIX」
  • 建築概要
    所在地 米国、ロサンゼルス
    クライアント スキッド・ロウ・ハウジング・トラスト
    設計 ブルックス+スカルパ
    施工 ゴールデン・ベア・コンストラクション
    階数 地上5階
    敷地面積 約1,387㎡
    延床面積 約3,739㎡
    設計期間 2015年6月〜2015年10月
    施工期間 2015年10月〜2016年4月

Profile
  • ブルックス+スカルパ

    Brooks + Scarpa

    1991年にピュー+スカルパとして設立され、その後、アンジェラ・ブルックス(右)とローレンス・スカルパ(左)によって運営されるロサンゼルスに拠点を置く建築事務所。AIAのナショナル・アワードを含む100以上の受賞歴がある。スカルパは現在、南カリフォルニア大学の教員であり、ハーヴァード大学大学院やフロリダ大学などでも教鞭をとっていた。

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