地中海が目の前に広がるギリシャ、アンティパロス。
素晴らしい風景と既存のランドスケープを守るため、稜線に合わせた建物高さと、雁行させてボリュームを分割した平面が計画された。
海、石垣、白壁という土地が持つ資源を有効活用し、風景との調和が図られた。
作品 「アンティパロス・ツリー・ハウス / Antiparos Tree House」
設計 アトリエ・ワン
テキスト/青野尚子
撮影/新建築社写真部
日没間近の夕景。テラス西側にエーゲ海と一体になったようにつくられたインフィニティ・プールが設けられている。右側に見えるのはメイン棟のリビングルーム。
地中海に浮かぶ島のリゾート開発
2017年に竣工したばかりの「アンティパロス・ツリー・ハウス」は地中海に浮かぶギリシャの島、アンティパロスでアトリエ・ワンが設計を手がけた別荘。アトリエ・ワンは同じデヴェロッパーとの協働で2012年に「アンティパロス・リング」を完成させている。アンティパロス島は狭い海峡でパロス島と向きあった東岸に集落がある小さな島だ。丘を越えた西岸は強風のため牧畜や軍の練兵場として使われてきたが、軍が撤退するのに伴い別荘地としての開発候補地となった。そこでこの地で別荘を開発、販売に着手したオリアロス社は、取得した土地をできるだけ大きな地所に分割し、富裕層向けの別荘地として販売することで、もとのランドスケープを維持できる管理手法を組み立てようとしている。
敷地の大半は1.5mの低木が生い茂る林地。物件のうち半分は建築家やランドスケープアーキテクトが設計し、完成させたものを販売する。「アンティパロス・リング」などを含む残り半分は購入者が決まった段階で設計に参加し、クライアントの好みを反映させたプランとしてつくられた。
東側より見る。ギリシャの南エーゲのキクラデス諸島の中心部にあるアンティパロス島に建つ別荘。稜線を乱さないように建てられている。左側に見える自生している木の下に建てられたことから「ツリー・ハウス」と名づけられた。
余裕のある開発で広々とした眺めに
それぞれの敷地は可能な限り広くとられ、別荘同士の適切な距離が保たれている。オーナーはミコノス島など、ギリシャの既存のリゾートのあり方に批判的だった。乱暴な開発によって敷地が必要以上に細かく分割されてしまい、大らかな海など前提条件である本来の価値が失われてしまっているというのだ。オーナーはそういった「コモンズの悲劇」を繰り返したくないと考えており、アンティパロス島ではできる限りの土地を購入して余裕のある開発を心がけた。そのおかげで数キロ、数十キロ先の借景も楽しめる。
リゾートや別荘について豊富な知識とアイデアを持つオーナーはアトリエ・ワンに対し、部屋の広さや窓の向きなど、建物の設計にも的確なアドバイスをしたという。遠くから見たときに山の稜線を超えないようにという条例もあり、建物の一部を地下に埋めるような操作も行われた。特に「アンティパロス・ツリー・ハウス」は夕陽が美しい海岸に向かってなだらかに傾斜する土地に沿って、部屋ごとに床と天井を階段状に少しずつ低くしていくような工夫もしている。「長さ10mを超える壁は不可」という条例に従い、圧迫感を避けた。
その土地の風景を尊重する
アンティパロス島付近では「シクラディック」と呼ばれるヴァナキュラーな様式があり、建築では斜面に沿って向きも高さも不揃いな家が並ぶ集落がよく見られる。「連続する壁を避ける」といった条例はこのシクラディック建築のプロポーションを尊重したものだ。アトリエ・ワンは地域のルールに従いつつ、それを現代の暮らしに適合させるとどうなるのかを考えた。地元の景観や価値観を考慮しながら、現代のさまざまな条件を加味した質の高い建物をつくり出そうということだ。
それらのことを踏まえてアトリエ・ワンが設計した別荘は、床面積は大きなものであってもボリュームを分割し、雁行させるなどの工夫をしている。また「居場所のつくり方に特徴がある」という。ゲストを含めて20人が食事や会話を楽しめる「アンティパロス・ツリー・ハウス」のアウトドア・ダイニングはその一例だ。軒を長く伸ばしてソファなどを置いたテラスからは海が眺められる。「アンティパロス・ツリー・ハウス」も「アンティパロス・リング」も、海に向かったテラスにプールがあり、そのまま海へと続くかのような「インフィニティ・プール」になっている。海、斜面、石垣といった資源を有効に利用している。
ゲストルームに隣接している果樹園からアウトドア・ダイニングを見る。
オーナー、建築家、クライアントのコラボレーション
「アンティパロス・リング」と「アンティパロス・ツリー・ハウス」を含む別荘の購入者は会社経営者、映画関係者、美術コレクターら富裕層が中心だ。クライアントはオーナーができる限り保全を図ろうとしている手つかずの自然に大きな魅力を感じている。そのためどちらの別荘も風景の一部となり、周囲に調和したものになっている。
設計者のアトリエ・ワンの塚本由晴氏は質の高い開発を行っているオーナーを「スーパークライアント」だと評し、逆にオーナーからは、日本の建築家は海外の建築家に比べると幅広い柔軟性があり、協働に向いているといわれたという。優れたプロデューサーと、その意を汲み取り眺望という資源を最大限に活用する建築家との組み合わせにより、風景と調和した建築が生まれた。
所在地 | ギリシャ、キクラデス諸島、アンティパロス |
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クライアント | 個人 |
設計 | アトリエ・ワン、Dionysis Zacharias Architects(ローカル・アーキテクト) |
施工 | OLIAROS Properties SA |
階数 | 地下1階 地上1階 |
敷地面積 | 74,437.00㎡ |
建築面積 | 405.00㎡ |
延床面積 | 476.00㎡ |
設計期間 | 2014年10月〜2015年8月 |
施工期間 | 2015年8月〜2016年7月 |
Atelier Bow-Wow
塚本由晴(右)は1965年神奈川県生まれ。1987年東京工業大学工学部建築学科卒業。1987~88年パリ・ベルビル建築大学。1992年貝島桃代とアトリエ・ワン共同設立。1994年東京工業大学大学院博士課程修了。現在、東京工業大学大学院教授。貝島桃代(中)は1969年東京都生まれ。1991年日本女子大学家政学部住居学科卒業。1992年塚本由晴とアトリエ・ワン共同設立。1994年東京工業大学大学院修士課程修了。現在、筑波大学准教授。玉井洋一(左)は1977年愛知県生まれ。2002年東京工業大学工学部建築学科卒業。2004年同大学大学院修士課程修了。2004年~アトリエ・ワン。2015年〜アトリエ・ワンパートナー。