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[特別記事]
安藤忠雄、本を語る。

安藤忠雄氏の足跡はひと言では語りつくせない。数多くのプロジェクトが建築家としての器をますます大きくしているが、それだけではなく、挑戦を続けた生き方や、そこから生まれる人生訓のような言葉にひかれている人も多い。その多様な側面を示しているかのように、安藤氏についての本は、これまでたくさん発行されてきたが、その切り口はさまざまだった。本が、人となりを表している。そうした本への想いを、安藤さんに聞いた。また国立新美術館にて、安藤忠雄氏の軌跡を振り返る展覧会が催されている(2017年12月18日まで)。その予習や復習のためにも「安藤忠雄を知る本」というリストを、あわせて掲載する。

聞き手・まとめ/伊藤公文
写真/山内秀鬼

  • [特別記事]
    安藤忠雄、本を語る。

読書が人生の時を刻む

本についてですが、安藤さんがこれはという本に巡りあったのはいつのことでしたか。

安藤忠雄20歳のとき、当時の神戸新聞の社長に声をかけられ、どんな本を読んでいるかと聞かれて、建築関連の本の名を答えたら、専門書ばかりではダメだ、建築家として奥行きを深めたいなら、文学にも触れておけと。吉川英治の『宮本武蔵』を繰り返し3度読めと薦められた。結局は1回読んだだけだったが、おもしろく、「自立した人間として生きていくには覚悟がいる」ことを教えられた。

同じ本を繰り返し読む機会はなかなかもてませんが、確かに10年、20年たって再読すると得るところが多いことはありますね。

安藤繰り返し読んでみようと思った本は何冊かある。そのたびに新しいのを買い求めるので、気が付くと同じ本が書棚に4冊並んでいたりする。和辻哲郎の『古寺巡礼』や『風土』はそのひとつで、建築に対する考え方をそこから繰り返しくみとってきた。もし私にとってのバイブルがあるとすれば、これかもしれない。

2009年、14年と大病を患われ、快復されてからは本を読む時間が増えたそうですね。

安藤医者から昼食後に1時間しっかり休めと言われているので、そのときにいろんな本を読むようになった。大江健三郎の小説は安部公房などとともに、若い頃、友人の影響で読んだが、十分には理解できなかった。それが最近、『小説の方法』や『大江健三郎作家自身を語る』など、彼が人生を振り返ったり、小説の書き方を記したりしている本をゆっくり読むと、明快でわかりやすく、小説も前よりは親しみをもって読めるようになった。若い頃、よくわからないなりになじんでいたのがよかったのだろう。

印刷メディアは携帯やパソコンに駆逐されて久しく、若い人たちはすっかり本を読まなくなっていますが、読書体験は何物にも代えがたいですよね。

安藤大江は子どもの頃に、マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』を繰り返し読み、少し大きくなったら原書で読み、それが自分の文学の原点になったと言っている。誰にとっても若い頃の読書体験は重要と思う。私の事務所には今アルバイトの学生が8人いるけれど、彼らには仕事の合間の1時間、本を読むように伝えている。本を読む習慣を身に付けて、それぞれ自分にとってのバイブルを探してほしいと思っている。本も新聞も読まないで20代を過ごしてしまうと、あの頃の自分はどうであったかという基準をもてなくなってしまう。

確かにそうした歴史感覚のようなものは、携帯やパソコンに頼っている限りは身に付きませんね。

安藤パリに行くといつも、サン・ジェルマン・デ・プレのカフェ・ド・フロールの裏にあるホテル「アングルテール」に泊まる。ヘミングウェイが定宿にしていた小さなホテルだけれど、そこに泊まるとかつて読んだ『老人と海』や『武器よさらば』の一節とか、1968年の五月革命の最中にパリにいた体験がよみがえってきたりする。本がきっかけになって、時の経過に思いいたり、記憶が想起される。

  • 安藤氏についての本

本の力は弱まっていない

それにしても、本が売れなくなっているなかにあって、安藤さんが関係する本は次々に出版されています。

安藤87年9月、二川幸夫さんのGAギャラリーで私の作品の展覧会が開催され、それに合わせて出版された『GA ARCHITECT 8 TADAO ANDO 1972-1987』(A.D.A. EDITA Tokyo)は、1週間で1万冊という空前の売れ行きだった。でも今ではその半分もいかないでしょう。建築に対する関心や興味は確実に薄れてきているから。それでもTOTO出版の全5巻の作品集『安藤忠雄の建築0~4』にしても、各巻平均1万5000~2万冊売れていて、この種の本としては驚異的だと思うし、ほかの本にしてもそれなりに売れている。

ここに用意したリスト(「安藤忠雄を知る本」)は国内で発行されたものだけですが、海外でそれと同等以上に本や雑誌の特集が発行されていますね。

安藤今現在、フランス、ドイツ、アメリカほか、8冊ほどの出版が並行して進んでいる。この前、ポンピドーセンターで講演会をしたとき、TASCHENから発行された大判の作品集が置かれていたら、あっという間に200冊が売り切れてセンターの人が驚いていたけれど、ヨーロッパでは、こうした本がよく買われ、読まれる。

それにしても本を1冊まとめるだけでも大変なことなのに、安藤さんは途切れることなく続けているのにはただ感嘆するばかりです。

安藤本の編集は、自分たちがやってきたことや考えをまとめるよい機会になる。また建築に対する考え方を人に伝える場合、本に勝る手段はない。動画もネットも、表面的な広がりは得られるとしても、深さというか浸透力の強さに欠ける。実際、海外の人たちは総じて本を読んで、設計を依頼しようと思ってやってくる。隅から隅まで、じつにしっかりと読まれていて、びっくりするほど細かいところまで聞いてくるので驚かされる。そういう意味では、本の力は、本質的なところでは弱まっていない。

もっと文化に力を

海外からの依頼者の熱意はすごいようですね。

安藤フランソワ・ピノーさんというグッチやクリスティーズを所有するフランスの富豪がいて、パリのセーヌ河に浮かぶセガン島に現代美術館をつくろうとした。私が設計の依頼を受け、着工寸前までいったが紆余曲折があって中止となった。すると彼は、ヴェネツィアに場所を移し、カナル・グランデにアートネットワークをつくるという野心的な構想を抱いて、再び私に依頼があり、これまでに3つの美術館の設計をしている。さらについ最近、パリの中心部にある「ブルス・ドゥ・コメルス(穀物取引所)」を美術館にリニューアルする計画を打ち上げ、またかかわれることになった。すでに工事は始まっていて、2019年春に開館する。不撓不屈というか、その気迫にはいつも大きな刺激を受けている。

それに比べると先ほども言われていたように、国内の状況は建築に対する関心や興味が薄れていると実感されますか。

安藤80年代後半までは、施主、施工者、そして一般の人々、みんな建築に対する夢があったし、建築を志す人たちにはそれに賭けてみようという情熱がみなぎっていた。今や建築はすっかり商売の対象になってしまって、夢や情熱が入り込む隙間がなくなっているのではないか。

学生も元気がありませんか。

安藤大学2年生までは元気だ。「ブルス・ドゥ・コメルス」の模型は2年生6人が数カ月かけてつくりあげた。根気のいる作業だが、みんな全然めげないでつくりつづけていた。情熱があり、闘志もある。でも3年生になって社会に出ることを考えはじめると、就活で頭がいっぱいになって急におとなしくなってしまう。学生だけを責めるわけにはいかない。社会全体が保守的になって、学生から活力や勇気を奪ってしまっている。

即効とはいわずとも処方箋はあるのでしょうか。

安藤ともかく建築は無条件におもしろいと思えるようでないといけない。ヴェネツィアの施工現場では、1日の仕事を終えた職人たちが、みんなワインを飲んでくつろいでいる。とても楽しそう。日本はきちんとしているけれど、何かつまらなそうにしている。例外はあって、「住吉の長屋」(76)は、まこと建設という小さな会社が施工したのだが、工業高校を出て7、8年経験を積んだそこの社員はしっかりしていて、つくることに喜びを見出している。76年の「住吉の長屋」に始まって、毎年平均2戸ほど施工しているから、もう80戸くらいになるのではないか。
 それと大局的にいえば、国も企業ももっと文化に資金を投じないといけない。歴史的建造物はもちろん、現代建築の保全も大幅に進めないといけない。65年、パリ郊外のル・コルビュジエ設計「サヴォア邸」(31)を初めて見に行ったときには廃墟のようだったけれど、その後アンドレ・マルローが文化相になったとき、保全にのり出してきれいに整備された。フランスの海外からの観光客は8000万人、日本は2000万人というが、その差は文化への理解度と投資に大きく起因しているのではないか。観光立国を標榜するなら日本の国は今一度文化の重要性について考え直すべきだ。
 若い人も、本をしっかり読むなどして、文化を大切にしていってほしい。

Profile
  • 安藤忠雄

    Ando Tadao

    1941年大阪府生まれ。69年安藤忠雄建築研究所設立。97年より2003年まで東京大学教授、現在東京大学名誉教授。「住吉の長屋」(76)で日本建築学会賞、以降国内外で受賞多数。85年よりTOTOギャラリー・間の運営委員、2010年より特別顧問を務める。

国立新美術館開館10周年
安藤忠雄展 ─挑戦─
会期 2017年9月27日(水)~12月18日(月)
開館時間 10:00~18:00
※金曜日・土曜日は20:00まで
※9月30日(土)、10月1日(日)は22:00まで
※入場は閉館の30分前まで
休館日 毎週火曜日
会場 国立新美術館
企画展示室1E+野外展示場
(東京都港区六本木7-22-2)
展覧会ホームページ   http://www.tadao-ando.com/exhibition2017/
TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
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