Case #2

まちを起こす戦略としての建築 その2
町家の奥まで、人を引き込む

楢村徹さんが、倉敷の町家改修を始めて30年。手がけた数は57軒にのぼる。その手法は、古建築をそのまま保存するものではなく、町家の「奥」まで入りたくなる空間を、つくりあげるものだった。

作品 「クラシキクラフトワークビレッジ」
場所 岡山県倉敷市

取材・文/本橋 仁
写真/川辺明伸

  • 旧街道沿い。中央に築約170年の町家を改修した、クラシキクラフトワークビレッジ。

  • 改修で生まれた「通り土間」。その前に立つ建築家の楢村さんと施主の青山さん。

 知らないまちを訪ねたとき、まずそのまわりで一番高い山に登って眺めるといい。そう教えられたことがある。俯瞰した視点でまちを見渡せば、まちの形からその歴史までもが、なんとなく見えてくるものだ。
 岡山県倉敷市の美観地区も、鶴形山の裾に広がっている。さて、この教えに従って、倉敷のまちを見渡すと、おどろきがあった。町家の連なる通りに囲まれた内側には、生活を支える「奥」が広がっていたのだ。

  • 敷地の最奥の店舗から中庭を見る。中庭はもともと立っていた棟を取り壊した後、空き地だった。

  • 中庭に面した店舗は、開放的な造り。中央には、改修前からここにあった井戸が残されている。

観光でにぎわう美観地区

 倉敷は江戸時代、幕府の直轄地、いわゆる天領として大いに栄えた。水運でにぎわった歴史を、倉敷川の景観が物語っている。明治に入ると、倉敷紡績(通称クラボウ)が設立され、煉瓦造の近代的な工場が建てられた。また、建築家の薬師寺主計による日本で初めての近代美術館である大原美術館をはじめ、浦辺鎮太郎、そして丹下健三による近代建築も町家の風景のなかに織り込まれている。そうした、近世や近代の建築が、渾然となり広がっているのが倉敷の特徴だろう。
 倉敷の歴史ある景観を開発から守ろうと、1969年に倉敷市の条例に基づいた美観地区、さらに79年には国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。そして今では、年間300万人以上が訪れる、全国屈指の観光地となっている。
 とはいえ、すべてがうまくいっているわけではない。地域住民を相手にしていた商店は、観光客をターゲットに変え、土産物屋へとその軒先を変えていった。一方で、観光客でにぎわう運河沿いではない、旧街道のあたりでは空き家も目立つ。それは、店として貸し出すことで、美観地区から住まいを移す住民も少なくないからだ。じつは、先に触れた通り沿いの町家の裏側に広がる「奥」は、地域住民の生活空間でもあった。しかし、生活圏が外に移ることで、この奥は次第に忘れ去られ、徐々に取り壊されてきた。そしてこの状況は、今なお続いているのである。建築家の楢村徹さんは、まさに、この「奥」を生かすことによって、まちを活気付けようとしている。

  • 2階テラスから通り土間を見下ろす。通り土間の上には、軒が深く張り出している。

  • 通り土間はゆるやかな上り坂で中庭まで連なる。各店舗は通り土間に面して入口をもつ。

まちの「奥」が 空いている

 楢村さんが、まちを歩けば、おのずと声をかけられる。「ちょっと中、入っていい」 そう言って、スッと奥へと入っていった。町家を抜けて奥に抜ける鍵は、楢村さんの顔の広さにある。岡山県倉敷市に生まれ、卒業後も地元の建設会社の設計部に勤めた楢村さんにとっての倉敷は、まさに子どもの頃からの遊び場だ。
 88年には、同じ志をもつ仲間と、岡山周辺で「古民家再生工房」を設立する。これは、取り壊される地域の古民家に手を入れて、住まうことのできるようにする設計集団である。いわゆる改修であるが、決して保存という観点だけからの取り組みではない。「民家には、長い時間をかけて生み出されてきた造形がある。たった数十年の経験で生まれるデザインよりも、長い時間をかけて生み出されてきた民家の造形に学びながら、今の姿に改修するほうがよい」。そう語るデザインへの哲学は、建築家としては謙虚すぎるほどである。
 一方で、その手法は時に大胆だ。古い構造が使えないならば取り替えればいい。ただ、新しい材料を古く見せかけることはしない。以前は、新旧の材の色を揃えたこともあったらしい。しかし、やってみて何か違うという印象を受けたという。そのため、今は継(つ)ぎ接(は)ぎな見た目も許容する。むしろ、そこに歴史の積み重ねを感じることができるからである。
 こうした態度を、楢村さんは「町医者」となぞらえる。町医者だからこそ、日々の変化にも気付いて、こまめな手当てができるというものだ。だから自分の手の届く範囲で仕事をしたい、「まあ自転車で行ける範囲かな」と笑う。

クラフトのまちへ

 そんな楢村氏を、かかりつけ医に選んだ若い店主がいる。クラシキクラフトワークビレッジの代表、青山典雅さんである。現在、6軒の店が集うこの場所もまた、町家を再生したものだ。ここは、青山さんの家族が代々所有し、最近まで住宅として貸していた町家であった。
 このワークビレッジの特徴はなんといっても、それぞれの店内に工房が併設されていることだろう。ガラスペンを制作する工房もあれば、デニムで服をつくる工房もある。さまざまな作家たちがここに工房を構え、販売までしている。本来であれば、店舗の面積をより広く設けたほうが商売のうえで有利だろう。しかし、あえて工房を併設したのは、日本の民藝運動ともゆかりの深いこの倉敷に、あらためて「手仕事」を根付かせ、倉敷から若い力で発信したいという、青山さんの想いからだ。
 だから、改修にあたっては一部、公的な補助金を利用している。補助を使うのは、イニシャルコストを下げることで、若い人たちの参入のハードルを下げることが目的である。入りたいという声をあげる店が、主旨に合わないと判断すれば、断ることもあるのだという。
 じつはこうしたマネージメントから、入店する店の検討まで、楢村さんも施主とともに考えてきた。設計業だけでなく、コンサルタント業までこなしてしまうのだ。「最初から最後まで一緒に考えてくれる頼りになる存在です」と青山さんは語る。「私の仕事は本来、竣工すればそれで終わりかもしれない。でも、彼らにはその先があるから」。そう語る楢村さんの言葉には、倉敷の未来を担う若い人たちへの期待が込められていた。

  • まちなみの俯瞰写真。中央に、クラフトワークビレッジ。周囲にも連綿と町家が連なっている。

  • ガラス工芸を取り扱う店舗。工房を併設するため、職人の手仕事を見学しながら選ぶことができる。

奥に引き込むテクニック

 クラフトワークビレッジの敷地も、また先の例にもれず、奥が空き地として残っていた。そこで、表に面した町家だけでなく、この奥に複数棟の店舗が計画された。しかし、町家は壁ともなり、見通すことができない。この問題を解決するため、楢村さんは、人が奥に引き込まれるように、「通り庭」を設けた。通り庭とは、町家には昔からある形式で、表から、裏側の建物まで続く土間のようなものだ。外か中か、区別の付かない空間で、奥に歩みを進めるハードルをぐっと下げる。通り庭のその先に、明るい中庭を設けているのもポイントだろう。薄暗い通り庭の向こうに落ちる光に誘われ、観光客も奥へ奥へと引き込まれていく。また、元からあったという井戸もそのままにし、それを広場としながら、ぐるりと店舗が囲んでいる。オープニングのセレモニーも、この広場を使って行うなど、これからもさまざまなイベントが、この小さな広場を中心に行われていきそうだ。楢村さんは、このワークビレッジに限らず、こうしたテクニックによって、この美観地区の奥を生かそうとしている。

点を繕って面にしていく

 もちろん、こうしたメソッドは、一朝一夕に獲得されたものではない。これまでに50軒を超える改修を手がけてきた。長いものでは、検討期間を含めて8年以上かかったものもある。こうした倉敷にかかわる仕事は、できて1年に1件が限界だという。むしろ大事なのは、一つひとつの質。民家を改修し現代に生かすことが、きれいごとだといわれないために、使いながら残すための方法を、とにかく一緒に考えていく。そうした積み重ねがあってこそ、まちの奥への切り口を見つけてきたのだろう。これまで運河沿いに集中していた観光客の動線が、クラフトワークビレッジも面する旧街道沿いにも流れてきているなど、倉敷の美しいまちなみが徐々に広がりつつある。
 楢村さんは何度も、こう語っていた。「倉敷のまちは歴史あるまちなみが、面として残っている。だから倉敷は、幸せなまちなんだ」と。そう、倉敷には、まちなみという線ではなく、まちが面で残っている。楢村さんの改修は、そうした面に残る一つひとつの点を丁寧に、そして継続的に繕っていく作業なのかもしれない。
 だからこそ、時間がかかる。そんなあたりまえのことを、きちんと継続することの強さこそが、楢村さんの戦略なのだろう。長い時間を見越した戦略だって、もちろんあるのだから。

  • 2階には、如庵写しの茶室を併設。施主の青山さんの趣味のスペースで、イベントにも利用。

  • 2階ギャラリー。小屋組みは当時の古材を使用。垂木や窓まわりは色の白い新材が同居している。

「クラシキクラフトワークビレッジ」
  • 建築概要
    所在地 岡山県倉敷市本町1-30
    主要用途 店舗
    建主 クラシキクラフトワークビレッジ
    設計 倉敷建築工房、楢村徹設計室
    構造 木造
    施工 藤木工務店
    階数 地上2階
    敷地面積 470.70㎡
    建築面積 315.40㎡
    延床面積 357.13㎡
    設計期間 2015年10月~2016年5月
    工事期間 2016年7月~2017年3月

  • おもな外部仕上げ
    屋根 日本瓦葺き
    外壁 漆喰塗り、杉板張り
    開口部 木製建具、鋼製建具
    外構 ジャミコン洗い出し
    おもな内部仕上げ
    店舗1、2、3
    松フローリング t=15㎜
    漆喰塗り、ジョリパット塗り
    天井 松板(一部既存再利用)
    ギャラリー
    松フローリング t=15㎜
    漆喰塗り、ジョリパット塗り
    天井 杉板 t=12㎜、垂木現し
    店舗4、5
    カラクリート+シールハード塗り
    色漆喰塗り
    天井 杉板 t=12㎜、垂木現し

Profile
  • 楢村 徹

    Naramura Toru

    ならむら・とおる/1947年岡山県倉敷市生まれ。72年広島工業大学卒業後、地元の建設会社勤務。81年倉敷建築工房・楢村徹設計室設立。88年古民家再生工房設立。2010年~倉敷市中心市街地活性化協議会タウンマネージャーを務める。おもな作品=「甦る民家」(87)、「林源十郎商店」(12)、「クラシキ庭苑」(14)。

  • 施主

    青山典雅

    Aoyama Norimasa

    あおやま・のりまさ

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