TOTO

妹島和世+西沢立衛/SANAA展 「環境と建築」

コラム
「建築のすそ野を広げたい」という想いで設立された編集事務所Office Bungaの磯達雄さんの視点から、妹島和世+西沢立衛/SANAA展 「環境と建築」をより深く楽しむのに役立つ情報をお届けします。
妹島和世+西沢立衛/SANAA展をより深く楽しむためのガイド(3)
今回の「妹島和世+西沢立衛/SANAA展」に合わせて、書籍『KAZUYO SEJIMA RYUE NISHIZAWA SANAA 1987-2005 Vol. 1 / 2005-2015 Vol. 2 / 2014-2021 Vol. 3』が出版された。建築活動を網羅する作品集で、全3巻、合わせて672ページのボリュームに、実現しなかったものも含む、ほぼすべての作品を収録している。この本をつくるにあたって妹島と西沢は、写真・図面の選択から、判型や各ページのレイアウトの指定まで、すべて自分たちで行った。機能と形の関係を考え、配置や平面を計画し、模型やスケッチでスタディを繰り返す。「建築を設計するのと同じやり方だった」と彼らは言う。
『KAZUYO SEJIMA RYUE NISHIZAWA SANAA 1987-2005 Vol. 1 / 2005-2015 Vol. 2 / 2014-2021 Vol. 3』 (TOTO出版)
収録した作品は、建築がもちろん多いが、家具やプロダクトのデザイン、都市・地域計画、展覧会、執筆したテキストや出版物なども含んでいる。並べ方はプロジェクトが開始された順に従っており、第1巻は1987年から2005年の144作、第2巻は2005年から2015年の233作、第3巻は2014年から2021年の122作が載っている。これらの計499作について、試みに分類しながら集計してみた。
まずはプロジェクトの国内/国外の別について。これは国内が313作(63%)、国外が182作(36%)、不明が4作(1%)であった。およそ3分の1が海外のプロジェクトであることがわかる。これをさらに巻ごとに見てみると、海外の割合が第1巻では29%だったのが、第2巻では42%と増え、第3巻ではまた33%と下がっていた。
次に、作者名のクレジットについても調べてみた。展覧会と同じく、この作品集でも妹島和世、西沢立衛、SANAAの作品が混ざり合って載っている。巻ごとに妹島和世/西沢立衛/SANAAの割合を算出すると、第1巻では48%/15%/36%(その他1%)だった。妹島と西沢がSANAAとして共同設計を行うようになったのが1995年から、西沢が単独の作品を手がけるようになったのが1997年からなので、妹島の割合が多く、西沢が少ないのは当然だろう。これが第2巻では25%/20%/55%と、SANAAが全体の半数を突破し、第3巻では29%/29%/41%(その他1%)と、3者のバランスがとれてくる。
新香川県立体育館 設計:SANAA (『KAZUYO SEJIMA RYUE NISHIZAWA SANAA 1987-2005 Vol. 1 / 2005-2015 Vol. 2 / 2014-2021 Vol. 3』より)
これらを合わせて考察すると、彼らは2000年代以降に海外で高い評価を得て多くのプロジェクトを手掛けるようになり、それを主に担ったのがSANAAだった。そして海外での業績に引っ張られるようにして、近年は国内の仕事も増えていった。国内でも規模の大きなものはSANAAで取り組むが、妹島、西沢のそれぞれによる設計も多い。そういう流れなのかなと思う。
ただし作者名の分類はクレジットが表記されているから可能なもので、写真や図面を見ただけでは作者名を特定できない。特徴的なモチーフが、どちらの作品にも見てとれるのである。展覧会に出展したプロジェクトを見ても、たとえば、西沢による「三島のオフィス」の雲状平面は妹島による「豊田市生涯学習センター」や「大阪芸術大学アートサイエンス学科棟」などに現れているし、妹島による「ししいわハウスNo.4」の連続する折れ板屋根は西沢による「寺崎邸」に共通している。SANAAの「O-Project」に見られる連続するヴォールト屋根も、妹島による「日本女子大学図書館」ですでに使われている。
要するに妹島和世と西沢立衛とSANAAは、三位一体の関係で建築をつくり続けてきたのである。展覧会を見てから作品集をたどっていくと、そんな実態が見えてくる。
妹島和世+西沢立衛/SANAA展をより深く楽しむためのガイド(2)
今回の展覧会会場には15の建築作品とプロダクトデザイン1点、この展覧会に合わせて制作された作品集の書籍見本が展示されている。完成したものは少なく、ほとんどが進行中のプロジェクトである。妹島和世と西沢立衛は、共同による設計組織SANAAとしてのほか、妹島、西沢それぞれの事務所としても設計活動を行うが、今回の展覧会では、SANAA作品が10、妹島作品が3、西沢作品が3作品となっている。これらの模型が特に分けられることなく会場には並ぶ。模型を乗せた台は細い脚に載っていて、その大きさはそれぞれの模型にピタリと合わせてつくられている。壁面はほとんど使われず、白いまま。ギャラリーの空間が素の状態で感じ取れるようになっている。余計なものがすべて削ぎ落とされた、ミニマルな展示空間である。
会場風景
©Nacása & Partners Inc.
その中で、模型の配置は執拗なまでに考え抜かれている。新香川県立体育館や深圳海洋博物館は床すれすれの高さに置かれた。これは敷地が海辺の低地だから。置かれた高さにも、それぞれに意味があるようだ。妹島は展覧会が始まる直前、会場に遅くまで残り、配置の修正を行ったという。SANAAの建築では、庭に植える樹木一本ずつについて位置を細かくスタディして定めていくが、それと同じことをやったのだろう。展覧会のタイトルは「環境と建築」である。彼らのステイトメントである展覧会コンセプトを読むと、「建築をつくることで境界をつくり出すのではなく、私たちの行為と環境が繋がったものとなるような場所をつくっていきたい」とある。環境と建築が融合した状態を、SANAAは目指している。

3F、4Fの2層に分かれた展示室の下階では、作品ごとに環境と建築が融合した状態のヴァリエーションが示されている。各作品に付されたキャプションを読んでも、それぞれに「風景をつくる」「地形に合わせる」「自然と触れ合う」「建物と庭が一体となる」などといった言葉が目に付く。ただし、こうした言い回しはSANAAだけのものでなく、昨今の建築家たちなら、誰でも口にしそうなものだ。何を今さら、との印象も抱く。では何が他の建築家と違うのか。それは環境と建築の融合を、抽象的なお題目としてではなく、文字通りのものとして実現しようとしている点だ。上階では、環境との融合を成立させるため、建築にどのような構造やディテールを備えさせればよいのか、その具体化への道筋を見せる模型を並べている。公園の一部となるような開かれた劇場をつくるために大屋根のレイヤーとディテールのスタディを重ねた蘇州獅子山広場芸術劇場や、小さなピースを無数につなぎ合わせて地形のような巨大架構を形づくったPuyuan Design and Event Centerの展示が、その好例だ。環境と建築は本当につながる。その信じる力こそが、SANAAの特質と言えるだろう。
蘇州獅子山広場芸術劇場 (設計:SANAA) 左:3F展示模型 右:4F展示模型
©Nacása & Partners Inc.
Puyuan Design and Event Center (設計:妹島和世建築設計事務所) 左:3F中庭展示模型 右:4F展示模型
©Nacása & Partners Inc.
妹島和世+西沢立衛/SANAA展をより深く楽しむためのガイド(1)
TOTOギャラリー・間では、これまでにもSANAA展、妹島和世展が行われている。数多くの展覧会に参加しているSANAAのふたりだが、これらはともに重要な節目となったものと言える。そこで今回のSANAA展を見る前に、TOTOギャラリー・間で開催した過去の2つの展覧会を振り返っておこう。

まずは、1993年に開催された「妹島和世展 12 Projects」。伊東豊雄建築設計事務所から独立して、いくつかの住宅作品を雑誌に発表していた妹島さんだが、1990年代に入ると「再春館製薬女子寮」や「パチンコパーラー」といった非住宅作品も手がけるようになる。プロジェクトに終わったコンペ案も交えて、作品の規模を拡大していく成長期の作品が展示された。

建物はシンプルな形状で、プログラムがそのまま立体化したかのよう。模型には周りの建物ボリュームも並んでいて、敷地の状況も見て取れる。与条件から建築を導く手法が、説明の文章がなくてもはっきりと伝わる展示だ。
妹島和世展 12 Projects(1993年)
印象的だったのは空間構成で、室内に模型台がみっしりと詰め込まれ、全体でひとつの街をつくり上げているかにも見える。その間を縫うように設けられた狭い通路を歩いていると、淡いブルーで塗り込められた壁と天井の効果も相まって、建築家の脳内宇宙に入り込んだかのような錯覚も覚えた。

そして2003年には、「妹島和世+西沢立衛/SANAA展」を開催。そこには「金沢21世紀美術館」「トレド美術館ガラスパビリオン」「バレンシア近代美術館増築」などの模型が並べられ、国内のビッグ・プロジェクトのみならず、海外へも活躍の場を広げていく建築家の状況が示されていた。
「妹島和世+西沢立衛/SANAA展」(2003年)
上段左から会場風景、「金沢21世紀美術館」、下段左から「トレド美術館ガラスパビリオン」 「バレンシア近代美術館増築」
©Nacása & Partners Inc.
作風にも変化が現れている。定規で引いた線をそのまま起こした抽象的な建築だったものが、このころから曲線が随所に見られるようになるのである。後には、オスカー・ニーマイヤーをほうふつとさせる肉感的なカーブまでものにするSANAAだが、その萌芽が2003年の展覧会にすでに現れている。中庭に椅子が置かれて座れるようになっていた点にも注目。彼らの関心が、抽象的なものから、感覚的なものや身体的なものへと移っていることを示すものだからだ。

そして今回、TOTOギャラリー・間で18年ぶりに妹島和世+西沢立衛/SANAA展が行われる。果たしてどんな展開を見せてくれるのだろうか。楽しみである。
 
磯達雄 Tatsuo Iso
編集者・1988年名古屋大学卒業。1988~1999年日経アーキテクチュア編集部勤務後2000年独立。2002年~20年3月フリックスタジオ共同主宰。20年4月から宮沢洋とOffice Bungaを共同主宰。
https://bunganet.tokyo/
磯達雄 Tatsuo Iso
TOTO出版関連書籍
著者=妹島和世、西沢立衛