TOTO

TYINテーネステュエ・アーキテクツ講演会 People Projects Processes

講演会レポート
必要によって突き動かされる建築
レポーター=清水裕二


壇上に姿を見せたアンドレア・G・ゲールセンは、まだ学生の面影を引きずった風貌で語り始めた。大学で出会った若者が海外でのさまざまな経験を経て瞬く間に新進気鋭の建築家として世界的に認められるまでになる物語は、Faceboookの創設者マーク・ザッカーバーグを描いた映画「ソーシャルネットワーク」のような現代のサクセスストーリーを彷彿とさせる。しかし彼らの著書『ビハインド・ザ・ラインズ TYIN テーネステュエ』を併せて読むと、それほど単純な成功譚ではないことがわかる。彼らは建築誌に取り上げられ、世界各国で多くの賞を受けた「バタフライ・ハウス」(2009年)や「クロントゥーイ・コミュニティ・ランタン」(2011年)の無惨な失敗を隠さない。若さ故の過ちとそれを認める潔さ。TYINテーネステュエ・アーキテクツ(以下TYIN)のふたりはザッカーバーグのような大金持ちではないが、志はあくまで高く、建築の社会的な貢献を信じて世界の現場に飛び込んで行く。これは、世界中で建築を学ぶ学生たちへのエールであり、アジテーションでもある。

デビュー作であるトロンハイム学生組合会館の入口ホール「ルントホール」(2007年)の完成後、酔っ払い学生たちに心地よい場所をつくっただけだという虚しさにとらわれた彼らはわざわざ不便な船上生活をはじめ、やがて「必要によって突き動かされる建築」を求めてタイの奥地へ旅立つ。その後世界各地で実践を重ねる中でいくつかの流儀が生み出される。現地の人たちとのディスコミュニケーションが生む予期せぬ間違いに価値を見いだす「美しい誤謬(beautiful mistakes)」、地元の人が関わり、現地の材料や技術を使うことで「物理的構造物以上の何かを残す(Leave more behind than the physical structure!)」、そして、「建築は多くの選択の総体である(the sum of a thousand choices)」という言葉は、現場におけるプロセス、メソッド、取り組みそのものが建築であると言う彼らの建築観をよく示している。「カッシア・コープ・トレーニングセンター」(2011年)ができて半年ほど経ち、隣町にTYINのディテールそっくりの屋根をもつ建物が建ったことを報告するアンドレアはどこか誇らしげだ。それこそが彼らが「物理的構造物以上の何か」を残した証左であるからだ。
筆者は自ら大学で建築教育に携わる立場として、彼らの活動に興味をもち、今回の展覧会と講演会を楽しみにしていた。大学の建築教育に飽き足らず、海外での実践に道を求めた彼らは「製図室を捨てよ、世界(現場)へ出よう」と学生たちを誘う。日本の建築学生も、彼らの活動を共感をもって受け止めるのではないだろうか。ここ数年来、建築出身の山崎亮氏が「コミュニティデザイン」を標榜して日本の過疎地に入り込み地域課題に取り組む活動が話題となり、建築を学んだ者のもつコミュニケーション能力や調整力、さまざまな分野を束ねる力がまちづくりやまちおこしに有効であることを示した。そして、東日本大震災直後の日本では、止むに止まれぬ思いに突き動かされて多くの建築家や学生たちが被災地へと向かった。それまで知識として知っていた「ソーシャルデザイン」ということばが、日本に根付くきっかけとなったのが3.11であったことは間違いないだろう。もとより建築には社会性や責任が伴うが、震災や原発事故以降の日本の課題はより切実なものになっているように見える。それに対して、諦めや皮相な態度を取るのではなく、「建築に何が可能か」と問い続けること。TYINの活動は、そういった建築のもつポジティブな可能性を信じさせてくれる清々しい輝きを放っている。求められる場所に行って必要なものをつくる。震災を経験した我々は、そこに建築の希望を見ているのかもしれない。

最後に、彼らの著書について。展覧会と併せて学生たちに是非読んでもらいたい本である。その題名「ビハインド・ザ・ラインズ」は、図面上の線の背後にある意味をとらえろというメッセージだが、同様なことは日本の建築教育でも昔から言われ続けてきた。先日お会いした内藤廣氏も指摘されていたが、図面が手書きの時代は線にさまざまな意味を込めることが可能であった。しかし、CADが普及し、建築教育もCAD前提に進められるようになって以来、線は単なるピクセルのつながり、指定された2点間のリンク以上の意味を持つことは難しくなっている。その溝を埋めるには、TYINのように学生たちを現場に引っ張り出し、自分たちの手で図面からものを立ち上げさせるのが恐らく最も手っとり早い方法であろう。筆者もそのような観点から、15年前の大学赴任以来、TOTOギャラリー・間の展覧会を大学に誘致し、その展示空間を学生たちにデザインさせ、自分たちの手で施工まで行う授業を行ってきた(2014年は7月24日から8月10日まで「内藤廣展 アタマの現場」を開催)。これほど学生たちが生き生きと自主性を発揮し、喜びをもって取り組む授業を他に知らない。しかしながら、本来この経験が座学での知識を統合・構造化し、さらには設計課題へとフィードバック(線の意味を理解)することができてはじめて成功と言えるのだが、その点においては未だ道半ばといったところである。これは我々教育する側の力量不足とも言えるが、その意味でも、今や大学で教える立場となったTYINの活動を今後も注視していきたい。
清水裕二 Yuji Shimizu
1966年
新潟県生まれ
1995年
東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学
1995年
千葉大学工学部デザイン工学科助手(1998年まで)
1996年
一級建築士事務所I.C.U.にパートナーとして参加(1999年まで)
1999年
愛知淑徳大学専任講師
2008年
STANDS ARCHITECTSに参加
2013年〜
愛知淑徳大学教授
TOTO出版関連書籍
著作=TYIN テーネステュエ・アーキテクツ
文=アンドレア・シャイダ