展覧会レポート
夢の後
レポーター=成瀬友梨
TYIN テーネステュエ・アーキテクツのヤシャー・ハンスタッドとアンドレア・G・ゲールセンは、2008年、大学を休学してタイの紛争地帯に渡り、多くのスポンサー企業からの資金援助を自分たちで取り付け、言葉の通じない異国で、初めて出会う地元の人たちに建設作業に加わってもらい、わずか1年間で孤児院を含む建築プロジェクトの設計・建設を複数実現した、というノルウェー出身の強者2人組である。ノルウェーには建築教育をする大学は首都オスロとトロンハイムにひとつずつ、合計2カ所しかない。彼らの出身校であるノルウェー科学技術大学(NTNU)はトロンハイムにある。ノルウェー第3の都市といっても人口はわずか17万人。筆者は学生時代にNTNUでのワークショップに参加したことがあり、2週間トロンハイムで過ごしたことがあるのだが、中心部を少し外れればほとんどが木造2階建てのかわいらしい街並で、9月だったが深夜にオーロラを見ることができる、とても静かな町だった。大学は小高い丘の上にあり、こじんまりしたキャンパスの芝生と、立派な木工房が学科棟とは別棟で建っており、そこにさまざまな機材が整えられていたことを記憶している。学業に集中するには良い環境なのかもしれないが、この爆発的エネルギーを内に秘めた人たちにとってはいささか刺激が足りなかったのかもしれない。とはいえ、である。
第1会場全景(3階) 主にタイやミャンマーなどアジアでのプロジェクトを展示 © Nacása & Partners Inc.
展覧会の会場は、一見するとその熱量が伝わらない。中央に模型がいくつか並べられており、壁際に図面、写真、小さな画面の映像が整然と展示してあるだけだ。第1会場(3階)も第2会場(4階)もその構成は変わらない。ただ、映像に焦点を結ぶとき、来場者はそこに展開する異常な風景に目を奪われるだろう。それぞれのプロジェクトの建設過程、時にデザイン過程が、定点観測を主として詳細にドキュメントされているのだ。容赦なく照りつける強い日差しの中、何十人もの人がコンクリートを捏ね、木材を組み上げ、レンガを積み上げ、壁を塗り、屋根をかけ、ほぼ人力で建築が建ち上がっていく。その間に、何回も昼と夜が繰り返す。彼らの過ごしてきた密度高い日々を目の当たりにするのだ。クールな音楽が流れるヘッドホンをセットすれば、東京からタイのジャングルへダイブすることができる。
TYINの2人はノルウェーに帰ってからも、同じような建築の作り方を続けている。つまり、設計から施工まで全工程を主導し、監督する、という手法だ。それが、子供達の通学路の傍らに建つ小さな東屋だろうと、世界的企業のショップの内装だろうと。全てを把握できなければ、大金を積まれても仕事として引き受けないそうだ。それは建築のプロセスと、結果できる場、全てに対して建築家が責任を持つということであり、建築家と社会の関わり方の本質を、その活動を通して問いなおしている、といえる。ただ、このままではTYINの2人はある程度の規模を超えるプロジェクトに関わることができないのではないだろうか。あるいは国際コンペの舞台で戦うようなこともしないかもしれない。彼らは至ってマイペースで、先のことはわからないそうだ。ただ次に手がける面白い仕事は始まりつつあるらしい。それを少しだけもどかしいと思ってしまうのは、私だけではないだろう。
彼らのこれまでの活動をより詳しく知るには、展覧会に併せて出版された『ビハインド・ザ・ラインズ TYINテーネステュエ』を読まれることをお勧めする。プロジェクトの始まりから顛末まで、詳細に記録してあるだけでなく、当時の2人の心境が赤裸々に描かれており、読後はドキュメンタリー番組を見終わったかのような後味が残る。テキストは自分たちで書いているものと思っていたが、専門のライターに依頼しているそうだ。ここでも徹底的な分離発注が実施されている。
ふと、混沌とした現場の中で、カメラを回し記録を続けたことに、彼らの冷静さを垣間見た。映像だけではない。展覧会自体が奇をてらわず、やってきたことを淡々と、静かに伝えている。ああ、これはTYINの2人の夢の後だったのだ。彼らはこれからどこへ行くのか。心配せずとも夢の続きはきっと静かに始まっている。
成瀬 友梨 Yuri Naruse
建築家・東京大学助教
2007年東京大学大学院博士課程単位取得退学。同年、成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。2009年から東京大学大学院特任助教。2010年から同大学院助教。主な作品に「LT城西」「柏の葉オープンイノベーションラボ」「りくカフェ」「FabCafe」。JIA東海住宅建築賞優秀賞、グッドデザイン賞、INTERNATIONAL ARCHITECTURE AWARDSなど受賞多数。