REALIZE—Emerging from China to the World Keiichiro Sako / Hironori Matsubara
2007 12.5-2008 2.23
講演会レポート
スポーツと設計〜中国的フィードバックのなかで
レポーター:中谷礼仁
 

設計にはスポーツ的な反射神経と技量が必要である。

設計者たるもの可能な限りプロジェクト本体のこと、そしてそれを取り巻く外的あるいは内的な諸条件に対して解決策を施そうとするだろう。

とはいえ、私たちが私たちを取り巻く現象のすべてを知ることはできない。そういう意味からいえば設計者は与条件に対する分析者でありながら、必ずエイヤッという決意が要請される。つまり「見えない全体」への直面を覚悟しなければならないのだ。

 

さて中国的状況について。


ある学者は、いわゆる伝統的集落がなぜすばらしいかたちを形成しているかの理由について、残るべきものしか残らなかったからだと述べている。いかに諸個人が突飛なかたちを作り出そうとも、嵐で吹き飛んだらお終い。つまりは外的コンテクストがそれを是正してしまう。やや乱暴な紹介だが、与条件と制作者による形との間にフィードバックのプロセスが隠されているということである。ここにおける諸個人の建設活動は、断片的なスポーツだ。雨漏りがすればふさぐ、倒れそうなら突っかい棒をする等々。そのような微細な行動が次第に見えない調和的全体を形作っていく。ただこれはあくまでも伝統的集落の場合である。

では現在の中国的状況にこのようなフィードバック理論を持ち込んだらどうなるのだろう。ある程度は適用できそうな感じがする。土地の私有制は意外にも風景の激変を抑制する効果をもつ。しかしご存知のように中国の現体制では土地借用は認められてはいるものの私有は認められていない。当然、政府の抜本的な見直しによっては、これまで急激に変化してきた中国の都市風景も、さらに一気にその方向性が変わるのかもしれない。伝統的集落を襲ってきた自然という嵐が、ここでは人によってなされる。政策は「自然」であり国土の基本計画立案者はまるで「神」である。このような激烈なプロセスを前にしては、原則的には私たちは数年後の中国さえ予想することはできない。

建築界の中国的状況についてパネルディスカッションが進む
建築界の中国的状況について
パネルディスカッションが進む
迫慶一郎氏

迫慶一郎氏

 
松原弘典氏
松原弘典氏
五十嵐太郎氏
五十嵐太郎氏

とはいえそれ故に現在の中国の若い建築の担い手たちは、日本の学生とは比べものにならない矛盾にぶつかりながら思考実験を繰り返している可能性がある。松原氏とともに参加した2004年のmAAN(modern Asian ArchitectureNetwork)の上海ワークショップの中で出会った学生たちは、総じてそのような傾向があった。当方の地味な保全的計画の方法に参加しつつ、聞けば夜は夜でボスの命令で20階建ての高層ビルの実施図を徹夜で描き上げていたそうである。少なくとも20代の学生は、自らの役割の重要さを十分自覚していた。浮わついたところが全くないのだ。中国にいるということは、意識上も肉体上もやはり極めてスポーツ的であった。

迫慶一郎氏はそんな状況に対し、与条件と自らの投機とを統括するような「主題」をプロジェクトごとに設定し進めるという。本来「主題」といえば制作者の基本姿勢を統括する幾つかの要なのだが、迫氏はそれを軽やかに越えてしまっている。28の作品にはだから28の主題がある。100個の作品にはだから100個の主題ができるのだろう。これは逆に考えてみると、中国におけるスポーツ的設計の方法、特に「日本人」という外人が激流に飲み込まれないための方策を身をもって提示しているともいえる。ここでの「主題」はおそらく浮輪である。今後の結実に期待したいと思った。

松原弘典氏は対称的である。彼は与条件に迅速に対応しながら、変わらない要素を突き止めようと暗中模索で設計をしているとのこと。端的に言えば彼は中国的にフィードバックする激流の中の地下根、いわば抵抗(レジスター)になろうとしている。迫氏に対してより土着的なコミュニケーションの方法を不格好であろうが採用する姿勢にそれは見て取れる。

ディスカッション中、司会の五十嵐太郎氏の問い掛けに対して松原氏が、自らのことを「チンピラ」と述べていたことが印象的だった。おそらくこの言葉は、決して全体を見ることのできない状況に対する実感のこもった、かつ謙虚な自己確認だと思った。中国的フィードバックの中においては、建築家という個人は単なるコマである。しかしそれを認識しているかしていないかで結果は大きく違ってくるだろう。残るべきものしか残らないとは厳しい言葉だ。日本の若い学生にぜひ聞いてもらいたいディスカッションだった。

日時
2007年12月12日(水) 18:00開場、18:30開演
会場
建築会館ホール
JR田町駅、都営地下鉄三田駅(浅草線・三田線)徒歩3分
講師
迫慶一郎、松原弘典
モデレーター
五十嵐太郎
参加方法
当日会場先着順受付
定員
330名
参加費
無料
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