Architecture of Alvaro Siza Public and Private Architecture in Different Contexts
2007 6.2-2007 7.28
アルヴァロ・シザ 特別インタビュー
感性を開放し、異文化を共鳴させる建築
インタビュアー 馬場正尊

建築家 アルヴァロ・シザ氏が活動の拠点を構えているのはポルトガル北部の地方都市、ポルトである。人口30万人、街自体はローマ時代に基礎が築かれ、西ゴート、イスラム教の支配などさまざまな歴史のドラマを経てきた美しい街で、ユネスコの世界遺産にも指定されている。 シザ事務所はその郊外の住宅街のなかにあった。タクシーの運転手に住所を見せると「ああ、シザのところね」という顔で即座に走り出す。シザ氏がタクシーをよく使うらしく、運転手みんなが事務所の場所を知っているようなのだ。このポルトガル随一の国際的な建築家がいかにこの街に愛されているのか、その一端を伺わせるエピソードから取材は始まった。

いかにもシザ建築という白いマッシブなビルの前で車が止まる。わかりにくい小さなドアの横についた呼鈴を押すと、電気式の錠が開いた。中に入ると、低く抑えられた暗いアプローチの先に階段があり、そこにはポルトガルの強い日差しが落ちている。その濃いコントラストに一瞬眼がくらみ、早速、シザ氏特有の空間構成の洗礼を浴びた気分だ。

Openness and Echo/感性を開放し、異文化を共鳴させる
「Public and Private Architecture in Different Contexts」(直訳すると「異なる文脈のなかでの公と私の建築」)が、今回のギャラリー・間での展覧会タイトルである。そのなかには過去の作品もあれば進行中のプロジェクトも混ざっている。たくさんのシザ建築のなかで、なぜこれらが選ばれ、そこにどんなメッセージを込めようと思ったのか。そこからインタビューを始めてみた。

「現在、異なる文化の対話の機会が増えたことは、建築にとっても幸せなことです。建築は内発的に建築家の頭のなかから生まれるものではないと思っているからです。目や感性を開放すること(Openness)で文化や発想の触発が起こり(Impact of Meeting)、それらの共鳴(Echo)によって空間的な発明は生まれます。それを今回の展覧会で伝えてみたかったのです。
私は今、さまざまな土地で仕事をしています。それは創造的なことであり、建築家にとって幸せなことです。しかし、氾濫する情報に溺れるだけでは自分たちの文化を見失ってしまう。だからこそ私たちは、違和感を顕在化し、異文化を吸収することに対して、常に意識的でなければならないと思っています」

Beyond Materiality/物質性を超えて
今回の展示では、中庭で素材のインスタレーションが行われる。木、石、鉄、レンガで構成されたその空間では、シザ氏の素材に対する基本的なスタンスと感受性が率直に語られている。「Beyond Materiality」 という単語を氏は用いた。

「素材に物質性を超えた精神性のようなものを帯びさせたいと思っています。木、石、鉄、レンガ……、それら素材への感受性は重要で、建築はその使い方次第で多様な表情を見せるのです。この中庭を、それぞれの素材が呼応し合い、歌うような空間にしたいと思いました。

建築は基本的にシンプルな素材でできているものです。その土地ならではの素材を選択することもあれば、ある世界観を獲得するために異なった文脈から新しい素材を選択することも可能です。ただし外部から新しい素材を用いる時は必然性を検証し、気まぐれに用いるべきではないと考えています」

ポルトの街並み。歴史地区は世界遺産にも登録されている。街の中央をドロウ川が切り裂くように流れ、その両岸は切り立った斜面。シザ氏は一貫してこの街に拠点を置き、仕事を続けている。
アルヴァロ・シザ事務所。ポルト郊外、ドロウ川の河畔に建っている。小さな右側のドアが入口。ドアの向こうにはシザ建築らしい陰影の強いアプローチが姿を現す。
インタビューの様子。静かだが情熱的に語りかける。
事務所内には、さまざまな模型が積まれている。ギャラリー・間の模型も発見。素材で構成された中庭の部分。
その言葉は詩情豊かで、作品の世界観とシンクロする。
事務所内部。さまざまな国籍のコラボレーターたちが働いている。このときは、スペイン人のコラボレーターと伊藤、瀬下の両氏が何やら話していた。手前の模型は、上野氏が担当するマジョルカ島別荘のプロジェクト。
事務所の窓からの風景。ドロウ川と対岸の街が見えている。

Balance of Multiplicity/多様性のなかのバランス
スタジオに積み重なる模型や、膨大に描かれたスケッチが何よりもシザ氏の設計手法を語っている。レストランの小さな紙ナプキンに描かれたスケッチまでがファイリングされ、設計の推移が確認できるようになっている。
「シザの思考は蛇行する」と、ここで働く瀬下直樹氏は表現した。ゆっくり流れる大きな川のように何処に向かうかわからないが、最後には必ず然るべき場所に到達するように、あるべき建築に収斂されていく、というのが瀬下氏の印象だった。
シザ事務所に7年在籍している上野 敦氏が担当しているマヨルカ島の住宅の分厚いファイリングを見せてもらった。そこからは設計プロセスが滲み出ているようだ。敷地に素直にボリュームが設定され、そこにフロアや開口の位置が発見され、さらに新しい軸線が与えられることで空間が複雑になってゆく。シザ氏が語った空間をつくるための言葉は、複雑でありながら変わらない彼の姿勢を端的に表していた。

「空間の創造は、常にさまざまな要求のバランスのなかにあります。自然のランドスケープからの要求、それを使う人々のアクティビティや機能からの要求、風土や経済的要因、時間的な要求……。これらと共存して建築は存在するのです。

特に自然との共存関係はずっと続き、そして最終的な課題は常に同じです。自然のなかに人間がいかに住むのか、この命題を何度も繰り返し、歴史のなかで問い続けています。それを受け止めた上で、建築は自然のなかに新しいプロジェクトを問い続けなければならないのです」

Collaborators/協働者たち
スタジオではさまざまな国籍のスタッフが働いている。彼らはコラボレーターと呼ばれ、個々人がシザ氏とプロジェクトを協働するという概念がある。ボスとスタッフという関係はもちろんあるのだろうが、一般的な日本の設計事務所の上下関係よりもフラットな印象があった。基本的に一人が一つのプロジェクトを担当し、シザ氏がそれを統括している。繰り返されるミーティングとスケッチ、スタディ模型のなかで、5年以上かけて一つのプロジェクトが練られていくことも少なくない。
現在、およそ30人のコラボレーターが働いていて、日本人は上野氏、伊藤 廉氏、瀬下氏の3人。その他にもブラジル、ドイツなどの国籍の人間たちがいる。

「彼らのような若い建築家たちとの出会いはエキサイティングです。異なる土地で仕事をすることで受けるのと同様に、異なるコンテクストを持った人々と働くことで得られることは大きい。数年間在籍して、新鮮な刺激を運んで来てくれる者もいれば、十年以上いて事務所に安定感を与えてくれる者もいます。ここは、彼らの情熱と経験との融合が行われる場なのです」

Architecture as Pleasures/建築は楽しいものでなければならない
インタビューの途中でも、シザ氏はずっと紙にペンを走らせていた。その線には迷いのようなものがなく、一気に描かれてゆく。最初はプロジェクトのスケッチかと思って話を聞きながら眺めていたが、しばらくするとそれはデフォルメされた馬のスケッチであることがわかってきた。氏はスケッチをたくさん描くことでも有名だが、ときどきその端っこに意味不明の人の顔や動物が登場する。彼にとってスケッチは何を意味するものなのだろうか。

「アアルトは仕事に行き詰まるとスタジオの外に出てスケッチをしていました。それはプロジェクトのものではなく、ある偏考への固執をいったん解放するための工夫です。スケッチは発想を飛躍させるための手段でもあるのです。

プロジェクトは決して直線的なものではありません。時には寄り道こそ重要で、例えば住宅を設計する上では街全体に思考が拡散しなければならないし、記憶のなかにある風景をリファレンスしなければならない時もある。直感的に描く一面と、それに対し批評的であり続ける一面とを併せ持ちながら、そのバランスのなかで設計は成り立っているものだと思います。そしてどんな時も、設計作業、そして建築は楽しいものである、ということを忘れてはならないのです」

氏の下で働いて3年が経つ、伊藤氏は言っていた。「シザは休まないんですよ。日曜でも食事中でもスケッチを描き続けている」

シザ氏にとって、設計が仕事であるという感覚はないのだろう。彼にとっては建築という作業自体が、人生の喜びそのものなのかもしれない。

期間中、ギャラリー・間では、こうやって描かれたスケッチ、模型、映像、インタビューなどによって、アルヴァロ・シザ氏の建築を垣間見ることができる。

*本インタビューは、TOTO通信2007年夏号のために展覧会開催直前に行われたものです。

インタビューの合間にも、シザ氏はペンを走らせる。スケッチを描くことは、氏にとって息をするのと変わらないかのようだった。
このときは馬の姿を描いていた。スケッチは必ずしもプロジェクトに関係するわけではなく、思考が漂うままに描かれている。
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