Manabu Chiba Rule of the Site
2006 12.2-2007 2.17
講演会レポート
個性とかそういうものが関係のない立ち位置について
レポーター:乾 久美子
 
レクチャーは、農地の航空写真から始まった。そしてグリッド状に整然と開発された広大な農地に用水路が蛇行しながら貫いていく姿、微少に湾曲しながら直線状に植えられるブドウ畑の木々、律儀ともいえる正確さで等高線に沿いながら耕される茶畑と続く。こうした農耕の風景に興味がある、美しいと思う、と千葉さんは語る。さらに風力発電の風車が一直線に並ぶ風景、最後にサンフランシスコの地形をひろいながらまっすぐに伸びる道が映し出されたのだが、つまり農耕への興味というよりは、そこにあった自然のコンテクストと人為的なコンテクストが混じり合う風景を、あこがれと共に見つめているのだろう。それらは、珍しかったり、はっとするほどに美しい、というタイプの風景ではない。しかし必然から導き出された確固たる形式をもつ。今回の展覧会にあわせて出版された本の帯にあった「ジェネラリティ」とは、こういうもののことを示しているのだろう。その「ジェネラリティ」へ向かいたいと考えている千葉さんは、つまり個性的であろうとすることからすごく遠い立ち位置にいようとしている。そのことにあらためて気づく。
講演会会場風景
講演中の千葉 学氏

建築を大地から切り離して純粋な形式をつくりあげること、モダニズムの普遍性がこうした不自然ともいえる条件のもとに成立していることに対して、もっとまわりの状況に反応したものをつくりたい、これが千葉さんのつくる際の希望だ。レクチャーの途中で何度かスタディ経緯を説明する場面があった。そして、スタディを進めるに従って環境がわかるようになってくる、という言葉が添えられる。環境や予見がスタティックに存在しているわけではない。いろいろな形式をあてはめてみる、うまくいかない。だけど少しずつ、まわりの環境と予見に合いそうな形式がほのかに見えてくる。そうした経緯は、私たちの話す行為にとても近い。

例えば「御殿山プロジェクト」。これまでにも何度か試されている「カワとアンコ」の構成をもつこの小さな集合住宅のスタディでは、途中からその「カワ」の部分に穴があけられるようになる。設備や収納などをおさめた深い壁にうがたれる穴なので、普通でない深さをもつ開口部となる。そして、その開口部の見込みに2B(※1)あたりの鈍い鏡面効果があるステンレス板が貼られる。するとステンレス板に開口部の向こうにある風景が増幅され、そこにあったはずの物理的な奥行きがすうっと失われてしまう。分厚いはずなのに、奥行きゼロ。こうした不思議な壁のあり方は、外部環境から切り離されていたいが、つながってもいたいという矛盾した私たちの気持ちに違和感なく寄り添う。解かれるべき予見、つまりこの場合は雑然とした外部環境と内部のつながり方の問題、が最初からスタティックに存在するのではない。言ってから言いたいことに気づくように、予見そのものが事後的に発見されていく。そして建築のアイデアは、そうした私たちの行動と同じような自然さで生み出されている。さらに時に自分で言ったことにびっくりすることがあるように、出てきたアイデアに千葉さん自身が新鮮な驚きを感じている。

このように、気張ってやっているような感じがない、だけど「御殿山プロジェクト」の窓に象徴されるような発見はそれぞれのプロジェクトに必ずある。そしてそれらは千葉さんという個性があってはじめて現れたもののはずなのに、一般性へと向かうことができる。千葉さんをめぐる謎はつきない。しかし、農耕などの風景にみられるさまざまな形式もいつかだれかが発見したアイデアだということを思い起こしてみれば、納得する。そうした強さをもつところまで、理にかなったものにすることができているということなのだ。「そこにしかない形式」という展覧会のタイトルにあるように、「そこにしかない」という敷地環境や予見の固有性の中にも、「形式」という一般性の中にも、個人の思いは具体的に現れない。また、展覧会に展示している模型群のスタイルもそれぞれにばらばらである説明もあった。本気なのだ。やはりあらためて個性から遠い立ち位置にいようとする千葉さんのあり方を再確認し、しかし同時に特異な人であることも理解した。そういうレクチャーだった。

ちなみにレクチャーの後に、模型のスタイルをばらばらにしても展覧会のクオリティを保つことができると思ったのは何故か、と質問してみた。「危ないと思ったけれど、揃える理由がなかったから」と回答が来た。この勇気がすごいのだと思った。やっぱり特異な人なのだ、そうした態度は出さないけれども。

※1 ステンレス表面仕上げの名称。なめらかで、やや光沢のある仕上げ。

日時
2006年12月12日(火)、18:00開場 18:30開演
会場
建築会館ホール

講師
千葉 学

参加方法
当日会場先着順受付

定員
330名

参加費
無料

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