Steven Holl Luminosity / Porosity
2006 6.2-2006 7.29
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講演会レポート
建築と都市の多孔性
レポーター:清水裕二
 
レム・コールハース、ジャン・ヌーヴェルなどと並び、現在世界で最も影響力のある建築家のひとりであるスティーヴン・ホールの講演会を聴いた。彼は最初に、ギャラリー・間での展覧会においてはミクロの、この講演会ではマクロの視点から自らの建築を語ると宣言し、アーバニティ(都市性)に関する5つのキーワードを示した。

1.FRAGMENTS<フラグメンツ=断片>
2.POROSITY<ポロシティ=孔>
3.INSERTIONS<インサーションズ=挿入>
4.PRECINCTS<プリシンクト=周辺>
5.FUSION<フュージョン=融合>

これらすべてについて触れるには字数が足りないので、ここでは、今回の展覧会のテーマにもなっているPOROSITY(ポロシティ=孔)を取り上げたい。ホールは、展覧会にあわせて出版された作品集の中でもこの言葉を、リテラルなポロシティ、現象的ポロシティ、都市的ポロシティなど様々に変奏しながら用いており、幅広い意味をもたせている。
講演会会場風景
講演中のスティーブンホール氏

リテラルなポロシティは、建築の原初的なモデルと捉えていいだろう。彼は光(ルミノシティ)を重要な建築的素材として位置づけ、皮膜と孔(ポロシティ)によって光のヴォリュームを形作る。これは、原広司の有孔体理論を髣髴とさせる(*1)。その萌芽は既に、1988〜1990年にかけて発表された一連のEdge of A Cityのプロジェクトに見られる。ここでは、孔のあいたチューブ状の皮膜が3次元的に折れ曲がりながら外部空間を規定し、都市のフレームを構成していた(*2)。このEdge of A Cityはその後多くの建築家にインスピレーションを与え、90年代以降の潮流をつくった重要なプロジェクトのひとつといえよう。

その後、聖イグナティウス礼拝堂やキアズマ現代美術館に見られるように皮膜の孔は立体化しながら展開してゆく。この辺りの作品では、ホールはル・コルビュジェやルイス・バラガンの光の詩学を継承しているようにも見える(コールハースがル・コルビュジェのラディカルな継承者であるように)。さらに最近では2次元の皮膜から、メンガーのスポンジ(*3)をモデルにした3次元的(*4)ポロシティへとつながって行く。サルファティ・ストラートのオフィス、MITシモンズ・ホールなどがこれに当たるだろう。

では、現象的ポロシティとは何か。はっきりとは言及されていないが、作品集のなかで彼がアアルトのヴィラ・マイレアについて語った言葉がヒントになるかもしれない。彼はサヴォア邸と比較しながら、ヴィラ・マイレアのコラージュ性、パースペクティブの固定された消失点をもたないこと(*5)などを指摘し、「広がり続ける空間が外側の風景と融合し、結合する」と語る(これは、5つめのキーワード「フュージョン=融合」にもつながる)。また、「時間の多孔性」という表現を使いながら、時系列を含んだ体験の多様さを示唆する。「<ヴィラ・マイレア>の中を歩くことは、不確実性を現象として受け入れることの経験にほかならない」これは、建築の形態や内部と外部との関係において、その境界をぼかし(超越し)、視点の移動や光の状態によって移ろうような曖昧さを孕んだ空間の在りかたを指し示していると解釈することができる。

多様な形態・素材を巧みに操りながら外部環境との見事な融合を果たしているアアルトとホールの才能に親和性を見ることは難しくない。アアルトのそのような空間を賞揚するホールは、1998年のアルヴァ・アアルトメダルを獲得している。ちなみに講演会において、大学卒業後、厳格な論理性をもった建築で知られるルイス・カーン事務所への就職が決まっていたが、カーンの死によって頓挫し、ロンドンのAAスクールで学んだことは自分にとって幸運であったと語っていたのが印象的であった。

最後に都市的ポロシティであるが、これは、リテラルなポロシティ、現象的なポロシティといった建築的な概念を都市に拡張したもの、と素直に捉えてよいのではないか。具体的には、都市的スケールの建築が備えるべき、光、風、視線、アクティビティといったさまざまな要素の交通を許容する隙間・経路とでも呼べるようなものだろうか。初期の例では、福岡の集合住宅ネクサスワールド スティーヴン・ホール棟において、ヴォイドと名付けられたスペースや中層階を通り抜ける街路のような空間にそのような意図を感じることができる。最近では、MITシモンズ・ホールの表面を埋め尽くす小さな矩形の孔(メンガーのスポンジ!)と、その秩序を食い破るように開けられた洞窟のような孔が、それを体現している。これもまた、スケールを大きくした建築と都市、あるいは建築と自然の関係性の概念と言っていいだろう。

このように、ポロシティという言葉からホールの建築を読み解くことで、多様な空間表現の中にも一本の筋が通っているのが見えてくる。近代以降の建築的手法を継承しながら、それを現代に新たな形で提示するスティーヴン・ホールの動向は、これからも世界から注視されてゆくに違いない。

*1 実際、彼の作品のいくつかは原の示した有孔体のモデルにそっくりである。cf. Los Angels Country Musium of Art
*2 プランや断面を見ると、当時はまだ、内部空間における床、壁、天井という分節を無効化するチューブモデルのラディカルな面には意識的ではないようだ。
*3 フラクタルの代表的空間モデルで、立方体に同じパターンで孔を開けて行くと理論上体積が0になる。
*4 フラクタル次元ではlog20/log3(=2.7268…) 次元となる。
*5 キュビズム絵画との類似性も指摘できるだろう。



補遺 5つのキーワードについての覚え書き

1.FRAGMENTS<フラグメンツ=断片>
Edge of A CityシリーズのひとつSPATIAL RETAINING BARS(1989)は、アリゾナの都市フェニックスの無秩序なスプロールをコントロールし、都市に近接した砂漠を保全するためのプロジェクトである。かつてこの地に住んだホホカム・インディアンの作った用水路の幅と同じ30フィート角の断面をもった「空間保全棒」が折れ曲がりながら180フィートの立方体のフレームを形成し、それを都市の周縁(エッジ)に並べる。一つ一つが空間(風景)を切り取るフレームであると同時に、それらが並ぶことで、都市をもフレーミングする。ホールは、巨視的な都市計画を、実体験をともなう空間へとブレイクダウンしようとする(講演では細分化、隙間、セミオートマ化という言葉が用いられていた)。前述の都市的ポロシティとつながる概念。

2.POROSITY<ポロシティ=孔>
本文参照

3.INSERTIONS<インサーションズ=挿入>
プラット・インスティチュート ヒギンズ・ホールは、既存の歴史的建造物の間に挿入されている。北棟と南棟の床面は階高が違うので、そのままではどこかでそのギャップを解消する必要がある。ホールは、北棟と南棟の床面をそのまま新棟の中央まで引っ張り、そのギャップを顕在化させる。「不協和音のゾーン」と呼ぶその空間は、トップライトを通した南と北からの光によって照らされる。セイル・ハイブリッドのプロジェクトでは、既存のカジノと、その中に保存されたマグリットの壁画を生かしながら、その上にランドマーク的な薄い帆のようなホテル・アパート棟が軽やかに立ち上がり、それらと既存の都市を結びつける多孔の橋としての会議場棟が付加される。Edge of A Cityもそうであったが、ホールは、新と旧、都市と自然といったギャップの隙間に異質な要素(都市的ポロシティ?)を挿入(介入)することで、ギャップを解消するよりもむしろ際だたせようとする。それは、そのギャップ間の境界を乗り越えようとする(あるいは保存しようとする)手法のひとつだといえるだろう。

4.PRECINCTS<プリシンクト=周辺>
これは、5つのキーワードのなかで最も解釈が難しい項目である。訳語としては、(教会・寺院・公共物などの)境内、構内/周辺、付近、郊外/(警察行政・選挙などの)区域/(都市計画による)専用区域などとなっている。聖イグナティウス礼拝堂の内部空間は、光のヴォリュームによってイエズス会カトリック教の礼拝次第に対応した各部分に分節されている。ホールが「光の瓶」と呼ぶそれは、スケッチにおいてはラ・トゥーレット修道院の光の大砲(canons ? lumi?re)を思わせるが、実際の断面はアアルトのヴォクセニンスカの教会に近い。平面では一つの空間であるが屋根の形状と光の状態によっていくつかの空間に分節されている。光のヴォリュームによる分節は、他にもキアズマ現代美術館の展示空間などにおいて特徴的に見られる手法である。光による内部の分節と同時に、外部に対しては、建築のもつ特徴的な形状や位置、テクスチャー、あるいは夜間に内部から発生する光(ルミノシティ)が、周囲の空間をも分節する(講演会では、地域に分けると表現していた)。これはアーバンフレームという呼び方もされているが、建築が周辺環境をある程度規定するということであろうか。これも都市的ポロシティの考え方に通じていると考えられる。

5.FUSION<フュージョン=融合>
これは文字通り、内部と外部、建築と都市、建築・都市と自然・景観、などの融合を指すであろう。前述したように、ポロシティという概念はこのキーワードと密接に関わっているが、ホールは、異なる局面の境界面を際だたせることを手法の一つにしている(cf. Edge of A City , プラット・インスティチュート ヒギンズ・ホール)。彼がさまざまな境界面に大きな関心をはらっていることは作品や発言から容易にみてとれるが、なかでも昨年コンペで勝利したサーフ・オーシャン文化センターは、その界面がデザインモチーフとなっている。"Under The Sky"/" Under The Sea "というフレーズをもとに、波やスノーボードのハーフパイプを思わせる凹状の境界面をつくり、上は広場として(空の下)、下は海の下のメタファーとして映像などの展示空間となっている。こうしてみると、ホールのいう融合とは、建築的手法のレベルにおいては、異なる局面の間に特徴的な境界面(皮膜)やフレームを挿入し、様々なフェーズにおけるポロシティ(孔)をあけることで、その間の光・空気・視線・アクティビティなどの交通をはかることを意味していると、とりあえず仮定できるのではないだろうか。


日時
  2006年6月2日(金) 開場17:30、開演18:30
会場
  イイノホール
東京都千代田区内幸町2−1−1

アクセス
東京メトロ千代田線・日比谷線・丸の内線「霞ヶ関」駅C4直結
東京メトロ銀座線「虎ノ門」駅1・9番徒歩3分
都営地下鉄三田線「内幸町」駅A7徒歩3分
講師
  Steven Holl (スティーヴン・ホール)
参加方法
  当日会場先着順
定員=650名
参加費
  受講料=無料
同時通訳付
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