特集/ケーススタディ5

言葉をよせつけない建築

「ドーモ・アラベスカ」は、阿佐ヶ谷にある富田玲子の実家を建て替えた木造2階建ての住宅である。住宅の名前は「アラビア風からくさの家」という意味で、名前のとおり、玄関まわりは葉っぱのレリーフに覆われ、玄関脇の樹木から落ちた葉っぱが壁に張り付いたかのように見せている。富田はこのレリーフについて、「ドーモ・アラベスカは、石になってしまった草花だ」、「ドーモ・セラカント」(74)は魚類だったので、こちらは植物をモチーフにしようということになりました」と説明する(*1)。なぜ植物なのですか?などという質問はもはややぼ。現にこの葉っぱは、訪れた人たちをワクワクさせるこの家の魅力なのだ。
 内部も普通ではない。壁は曲線ばかりで分厚く、場所によって厚さが異なる。このことについては、富田の母から「今までにない家をつくってほしい」という要望があったのと、富田が設計期間中にオランダでアムステルダム派の集合住宅を見たことが影響しているという(*2)。そして、富田の母は「ドーモ・アラベスカ」に住んだ感想として、「よそのお宅にうかがっていて、だんだん窮屈な気分になってくることがある。結構広い部屋で、インテリアもよい感じなのに……。そして気がつく。あ、天井だ、直線だ、と。……(中略)……(「ドーモ・アラベスカ」は)ふんわりとした、不規則な曲線に囲まれた空間である。茫洋とした時間を過ごすのにもってこい」と述懐している(*3)。この述懐が、この住宅の壁の価値を示している。仮に直線の壁のほうがよかったのではないかという議論をしたとしても、からまわりするにちがいない。これ以上の言葉は不要だろう。
 建築ジャーナリストのパトリス・グレは、「(象設計集団の)仕事は建築の世界を遥かに超えた探究に呼応している」と述べている(*4)。この言葉が、まさに象設計集団を表していると思う。建築の領域など無関心であるかのように、もっと広い総体としてのものづくりを楽しんでいるようだ。象設計集団の建築の力は、そうした総体の広さに起因しているのではないだろうか。その総体に追いついていないのに、即物的な建築の問答をしてもからまわりするだけである。
 同様に「建築家なしの建築」やポストモダンといった同時代の建築の流れに「ドーモ・アラベスカ」を組み込もうとしても、どうもしっくりこない。しかし、吉阪隆正の弟子の設計というと、妙にしっくりくる。師の懐の広さゆえだろうか。

参考文献・出典
*1・2/富田玲子『小さな建築』みすず書房、2007年
*3・4/SD編集部編『《現代の建築家》象設計集団』鹿島出版会、1987年
*5/中川武『木割の研究』私家版、1985年


>>「ドーモ・アラベスカ」のスケッチを見る
>>「ドーモ・アラベスカ」の竣工時平面図を見る

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