藤森照信の「現代住宅併走」
チキンハウス 設計/吉田研介

 後に"野武士"と呼ばれる私たちの世代は、磯崎新世代に兄事しながら、そのすぐ下の宮脇檀、黒沢隆、吉田研介などには近寄らないようにしてきた。私たち世代で最も鼻の利く石山修武がそのあたりを仕切り、リードしたのだと今にして思うが、吉田さんも同じことを感じてこられたらしく、「どうしてチキンハウスを選ばれたのですか?」と、この連載を始めて初めての質問をなさる。
 返答に窮しつつ、"写真から強い印象を受けながら、その印象がこの建築のどこに由来するかわからなかったから"などと思いながら、「吉田さんの代表作ですから」とか口に出してお茶を濁し、白い上品なお皿に盛られたおいしいドライカレーをモダンデザインのスプーンで食べて帰ってきてしまった。
 白い室内にはマティスのブルーの切り絵状リトグラフと篠田桃紅の色の入った墨象リトグラフと建築家でもある紀子夫人のル・トロネの水彩が飾られていたが、野武士たちの誰の家でもこんな室内光景はお目にかかれない。
 この住宅が強い印象を与える秘密は開口部にあった。まず左手の主室の窓に注目してほしい。上・下ふたつに分かれて、主室の吹抜け空間の開口部となっているが、開く気配がない。はめ殺し。左手のドアは通風用の開口。
 37年前の空調のない時代、主室の主要な窓をはめ殺しにするなんてめったなことでするもんじゃない。空調のある現在でも、住人の抵抗は著しい。先例としては、前回の穂積信夫さんの「自邸」しか私は知らない。その大胆さを現在にたとえるなら、小住宅にブラインドを仕込んだダブルスキンの窓を付けるに等しい。
 はめ殺し大ガラス窓の右手ロフトには小割りした四角な窓が並ぶ。この開口部も主室と同じ原理でつくられ、中央のはめ殺しは光だけで、左右の跳ね出しは通風用。小窓が並んで跳ね出すのを見るのは初めてで、主室の開口部より目に焼きつく。吉田さんは"パタパタ窓"と名づけているが、ル・コルビュジエが工夫した"ポチ窓"と通ずる小さいが故の印象深さがある。この作品発表後、吉田さんが宮脇檀に初めて会ったとき、初対面の第一声は「あの窓、やらしてもらったからネェ」だったそうだ。
 上階は両親用だから別にして、下階の正面は壁面すべてが開口部で占められ、その開口部のすべては採光用のはめ殺しと、通風用の開口(ドア形式とパタパタ窓形式)で占められている。
 この建築の印象深さの秘密は、まず、木造の小住宅でありながら、ファサードを全面開口部としたことにある。ありそうだが、手近の住宅雑誌で確かめていただければすぐわかるが、ない。正確に言うと、木造での全面開口は耐震構造上ありえず、ここではファサードのみ鉄骨のラーメン構造という奇策を用いている。しかし、鉄骨ラーメンの剛性が大きく不足し、近年ブレースを入れたが、それでもこのたびの地震のときは恐ろしいくらいの変形ぶりだったという。
 全体は木造でありながらファサードのみ鉄骨ラーメンという奇策を弄してでもこの建築家は、全面開口をしたかったのだ。


>> 「チキンハウス」の竣工時1階平面図を見る
>> 「チキンハウス」の竣工時2階平面図を見る

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