開口に賭けたと言ってもいいが、その賭けは、開口部そのものだけでなく、開口部のまわり、人体でいえば口のまわりの"唇"に及ぶ。最初の写真を見てほしい。変わった"唇"で、まず"下唇"がない。床が地面とほぼゾロに納まる。その代わり、"上唇"の強烈なこと。こんなに固く強く突き出す例は知らない。なんせ、住宅にはまず使われず、駅やガソリンスタンドや倉庫やコンテナや工場にもっぱらのデッキ(折版)なのだ。
 デッキには気合いを入れ、山が小さいのはいやなので、検討を重ね18㎝の山にしたという。デッキを建築表現の前面に出したのは、後に何人もしているが、37年前の吉田研介が最初となる。デッキのギザギザと小窓のパタパタの造形は明らかに通底していよう。
〈チキンハウス〉は、口と唇を顔面の主役とした"開口部の建築"だったのである。
 チキンハウスの命名は文字通り"鶏小屋"から来ていて、超ローコストを意味するが、偶然ながら鶏も嘴(くちばし)が印象深い。
 開口部の建築とまで理解が届いて、やっと平面の謎がわかった。平面は、図面を見ていただければわかるように、南北に長い敷地に対し、正方形平面をとる。ここまでは普通だが、その平面の中の部屋の割り付けが普通ではない。チキンハウスの室内の見どころは吹抜けとロフト状の中2階だが、普通、誰でも南側を吹抜けとし、北側に中2階をとるだろう。ところが、この定石を破り、西側に細長い吹抜け、東側に細長いロフト状中2階としたのだ。
「なぜこのような構成に」と聞くと、答えは「やっているうちにそうなっていた」。私の長い建築家インタビュー歴のなかで、勘所の質問にこのように正直な答えを返した建築家は、吉村順三に続いて吉田研介がふたり目。
 空間を長手方向に区切る構成は、この建築家の想像力の内側からおのずと発生したものにちがいない。空間を長手方向に区切ると筒型の空間が生まれるが、とすれば、筒型空間は吉田研介の想像力に内在していたことになる。
 筒の開口部は全面開口が必然だし、筒の開口部に窓をはめるとすると、ふさわしいのははめ殺しか弁状のパタパタのふたつだろう。
 かくしてチキンハウスの印象深さは生まれた、と私は理解した。


>> 「チキンハウス」の竣工時1階平面図を見る
>> 「チキンハウス」の竣工時2階平面図を見る

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