特集3/ケーススタディ

鉄骨シェルターで包み込む

 西に比叡山を望む滋賀県守山市の、琵琶湖へと続く平坦な耕作地に立つ、築140年の農家の母屋。同じ敷地にあるほかの数棟ともども、今にも崩れ落ちそうなたたずまいであったし、何度ものその場しのぎの増改築が繰り返されていた。取り壊しは必然で、事実、あたりにこのような古い建物は残っていない。しかし、注文主の夫妻は母屋のたたずまいを継承した新築のほかに、母屋そのものの改築も選択肢に加えて検討することを要望した。この家で長年暮らしてきた90歳の母親の心情を思ってのことだった。
 設計者の中村さんは初めてこの家を見て、柱、梁、建具となにひとつ垂直・水平を保つものがないが、材木商の祖先が建てたというだけあって、木材自体は大きな断面の無垢材であり、傷みもさほどでないことを知った。かねて木造の軸組の美しさにひかれていたこともあった。その時点ですでに、新築という選択肢は消えたという。
 木造家屋を残したい。そうした場合、ふつう考えられるのは次のふたつ。
 ひとつは屋根を葺き替え、構造を補強し、内部を修理する。もうひとつは解体し、適当な部材を選び、それを組み合わせて、部分的に再現するか、もしくはまったく新たな空間を形づくる。しかし、中村さんの頭に浮かんだのはそのどちらでもなかった。保存修復でもなく、解体再利用でもない新たな姿。
 屋根、廊下部分の下屋、増改築が激しくなされた部分などを取り払い、典型的な田の字平面の畳間、8畳と6畳それぞれ2間の和室部分はそっくり残す。そして、それを包み込む大きなシェルターをつくり、新しい機能もそこに追加する。
 木造家屋の皮を剥ぎとり、骨は残し、身は大切なところだけそのままとする。それでは雨露をしのげないので、大きな覆いをかけ、その中で現代の生活の営みを完結させる。この驚くべきアイデアが、熟考の末でなく、瞬間的に湧いたというから、さらに驚く。

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