Campo Baeza Architecture. The Creation Tree
2009 6.25-2009 8.29
講演会レポート
小さな神殿
レポーター:押尾章治
 
日本での、初のアルベルト・カンポ・バエザの展覧会であり、講演会である。

これまでも雑誌の特集や作品集が出版され、日本でもいく度か話題に上っていた。しかしこれまでは、いまひとつ氏の作品性に関わる全体像が見えず、いささか断片的な情報であったような印象を私はもっていた。私の手元には彼の作品集2冊と雑誌の特集号が1冊あるのだが、厳密に言えば、自分なりの消化ができないままそれらの本を抱えているという状態であった。彼のミニマルでシンプルな作風は一度目にしたら意識の中に残りやすく、もっとよく理解してみたいと思っていた人は私以外にも多くいるのではないかと思う。気になるのになかなか全容がつかみ切れない、そんなタイプの建築家のひとりであると思っていた。今回の展覧会は、そうした人びとの意識に応えようとしているのではないかと思う。展覧会がカンポ・バエザの思考の流れと作品性を並列させた内容であったことと、本人が直接語る講演会が同時開催されたことからもそれが伺える。自分の長年の気がかりが解けるひとときになると、期待して講演会に出かけた。

「Thinking With Your Hands」と題された講演会は、展覧会の会場構成/キューレーションを担当されたマニュエル・ブランコ氏の説明と挨拶で始まった。展示の中心に据えられた、カンポ・バエザ氏の膨大なスケッチからなる“The Creation Tree(創造の樹)”は、日本の桜からインスピレーションを得たそうだ。その後を続けて、「建築」を思考するうえで手を動かして考えることの重要性を笑顔で強調するところから、カンポ・バエザ氏の講演が始まった。

講演を聴きながら、これまでカンポ・バエザの建築について考えてきたことを反芻し始めていた。これまでも作品が発表されるたびにいく度となく目にしてきた、氏の建築を語るうえで中心をなすキーワード、「概念」「光」「重力」。これらを氏が言うところの「本質」である建築の主要な構成要素として用い、地面の延長上のボディウムであるステレオトミックとその上部構造であるテクトニックという明確な2層の構造形式の中に、「厳密」に適用する。「デ・ブラス邸」(2000年)や「オルニック・スパヌ邸」(2008年)、代表作の「グラナダ貯蓄銀行本社」(2001年)などの多数の作品に、その構成が見てとれる。かたや、主要な要素の中でも「光」を特に重要に扱い、閉じた中庭(ホルトゥス・コンクルスス)と、そこに接する内部空間に魅力的な光と影の構成をもたらす「ガスパール邸」(1992年)や「ゲレーロ邸」(2005年)などの作品もある。どちらのタイプの作品も、これまでに出版された作品集の中で、非常に美しい「光」に満ちた抽象的な白い空間として綴られていた。それらは一度見たら、しばらくの間残像を抱えてしまうぐらいの印象があった。

一方で、そんなふうに彼の作品を見るたびにいつも、ある意味古典主義の建築を見るときと同じまなざしを向けている自分に気づいていた。近代以前の、人間がまだ主体性を獲得し得なかった時代——宗教権力や封建体制、神話的自然観などが物事を決定していた世界——の建築である。その時代、主体は人間を超越した存在にあった。しかし近代になって、諸体制はそのような超越者ではなくあくまでも人間の、それも「個人」を主体に据えることを要求し、そして現代に至る。カンポ・バエザの作品は、そうした昔からの歴史の流れをいま一度思い起こさせる。カンポ・バエザ氏本人もよく、ローマの神殿であるパンテオンや、それを改修したハドリアヌスなどを引き合いに出して自身の「建築」を記述しているし、大きな自然環境に対峙した住宅作品の美しい佇まいの写真なども、近代以前に主体となっていた「個人」を超えた存在を喚起する。しかし佇まいは古典的であっても、彼が超越者を主体に据えているわけではないことは確かである。いつもそのあたりのイメージを明確につかめないまま、氏がこれら作品集の中で述べている「人を幸せにするために建築をつくっている」の意味を反芻していたのだった。

今回の講演会では作品数を絞って、その分各作品ごとのカット数を増やして丁寧に説明していた。もちろん中心はさまざまに記述された「光」の写真であったが、施工時の写真も数多く使われていた。中には「アンダルシア記念美術館」(2009年)の楕円形の中庭の、早回しにされた工事中の動画などもあった。それらの写真から、白く抽象的な仕上げに至る手前の、サビ止め塗装を施した鉄骨の色や、養生のために貼ってあるベニヤの色、手を動かす職人などが目の中に入ってきた。また、なんの意図もないアングルで撮られた現場写真の、背景に映っている何気ない風景が、作品以上に周辺環境との関係を説明したりもしていた。それまで抽象的な美しさが際立つカットばかり見慣れていた私にとって、これらの具体的な映像が、意表をついて新鮮だったのである。「子供からもらった手紙の話」「星の王子様の話」「息子を失った父親の話」など、作品説明に添えて語られた身近なエピソードも、とても親しみやすいものだった。

現代において、古典主義的な超越性をたずさえた建築をつくることの反動性。その反動性が、神話的ともいえる静謐なたたずまいを建築に与えている。しかもそれが同時に、人を幸せにするためのものであるということ……。カンポ・バエザ氏の建築は、この相反する二極性の中で、奇跡的に成立している。そしてその二極性が、建設現場の現実的なやり取りや子供たちとの逸話を、なぜか神話的なものに変換してしまうのである。人びとのありきたりで日常的な営みを神話化する建築——カンポ・バエザ氏の試みの中心は、ここにあったのではないだろうか。カンポ・バエザ氏の笑顔と一緒に、スペインの抜けるような青空を思い浮かべて、そんなことを考えた。
オルニック・スパヌ邸
N.Y.、アメリカ、2008年
©EACB
ガスパール邸
サオラ・カディス、スペイン、1992年
©Hisao Suzuki
グラナダ貯蓄銀行本社
グラナダ、スペイン、2001年
内観
©Hisao Suzuki
アンダルシア記念美術館
グラナダ、スペイン、2009年
工事中の中庭
©Hisao Suzuki
アンダルシア記念美術館
グラナダ、スペイン、2009年
完成した中庭
©Hisao Suzuki
講師
アルベルト・カンポ・バエザ
日時
2009年6月26日(金) 17:30開場 18:30開演
会場
津田ホール
JR「千駄ヶ谷」駅、都営地下鉄大江戸線「国立競技場」駅A4出口 徒歩1分
言語
英語(日本語同時通訳)
参加方法
事前申込制。
定員
490名
参加費
無料
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