Glenn Murcutt  Thinking Drawing / Working Drawing
2008 6.12-2008 8.9
ダイアグラムとしての建築
レポーター:北山 恒

たしか20年ほど前、雑誌で紹介されていた記事でグレン・マーカットという建築家を知ったような記憶がある。それはマグニー邸の紹介で、荒涼とした大自然の中にぽつんと建っているように見える写真だった。そして、これもかすかな記憶なのだが、紹介の文章の中に、キャンプサイトのテントのような簡便な建築が意図されていること、そして、その説明に、コルゲートパネルは搬送のときの容積が最小で、しかも単位重量に対しての面材としての剛性が高いことが主張されていた。それで、さらに勝手な想像なのだが、おそらく建築資材を積んだトラックで大変な道程を経て建設敷地にたどり着くのであろう。そして職人達はキャンプをしながら工事をするのかも知れない。だから重機は使用せずに人の手で組み立てられるような構造なのだろう。雨水を受けようと天空に向かって拡がるルーフと異様に大きなドレインの写真からは、この場所では上下水道は無いように思える。それで、これはインフラフリーの建物なのだろう。というように、とても興味がそそられたのを記憶している。

この雑誌の記事でグレン・マーカットという建築家の存在を知り、その興味引かれる建築の正体を知りたくて、その当時、海外で発行されていた作品集を買っている。紹介された写真からイメージしたように、厳格な理屈の中でその建築は組み立てられていることがわかる。オーストラリアの広大な自然風土のなかで建築を構想するというのは、厳しい与件を背負わされるようである。紹介されている建築のほとんどが都市部ではないことは重要である。構造の選択、材料工法の選択には、現場までの資材の搬入や施工の方法までが計画されているのであろう。だからこそ、その選択には他のものには置き換えられない強さを持っている。
敷地が都市部ではないために、建築のあり方を決定づけるものは自然環境そのものなのだ。図面を見ていくと、そこで決められた線は、その建物を取り巻くものとして、太陽や風、そして自然現象すべてに関係していることが読める。そこで、この建物それ自体は小さなものなのだが、それを構成している部品は地球や天空の動きと連動しているというイメージを持つことができる。グレン・マーカットは建築を「自然を奏でる楽器」に喩えるが、この建物が存在することで、人は自然と関係が結べるというような感覚なのかも知れない。それを現代の人間社会で手に入る材料と技術で、必要な箇所に適切に部材が置かれ建築となっている。そこには、作り方の倫理、または道理がある。それが、「厳格な理屈の中でその建築は組み立てられている」ということなのだ。そこには、気紛れや個人的な恣意性は見あたらない。この建築には規範が存在し、その規範という社会性を持ったルールによって言語化され、読み取り可能な書物のようでもある。さらに言えば、それは建築そのものによって「思索を表示している」のだと言った方がよいのかもしれない。
その言語性の最も強いものが、アボリジニのリーダーのための住宅であるマリカ=アルダートン邸であろう。それはダイアグラムがそのまま建築になっているように見える。ここで言うダイアグラムとは「複雑な情報を捨象して伝達可能な図にすること」を意味しているのだが、この住宅は建築という形式をもって立ち現れる以前の、計画の必然性や自然環境の解釈、そしてそれを建築という物質に還元する方法などが、ダイアグラムのようにできあがった空間から読み取れるということなのだ。それは、この住宅がアボリジニのための公共住宅のプロトタイプとして計画されていることを知ることで、さらにダイアグラムのような言語性をもつことが了解できる。グレン・マーカットの建築は、このマリカ=アルダートン邸ほど直裁ではないが、その空間はいずれも見る者と対話が可能な言語性をもっており、建築という形式をとった書物のように理解することができる。そして時に、このダイアグラムのような空間そのものが自律した言語として、住宅、そして建築、さらに私たちの社会のあり方までを指し示しているように思えるのだ。
グレン・マーカットは日本のメディアではあまり紹介されていないのだが、実は日本の多くの建築家によって、彼の建築は読み取られ支持されているようである。ギャラリー・間のグレン・マーカット展のオープニングの盛況と、講演会での溢れるような人々の集まりをみて、私と同様、この建築が指し示している事柄に同意する人たちがたくさんいることを心強く感じた。建築とは社会のあり方を指し示すダイアグラムなのだ。

オープニング風景
photo : Nacása & Partners Inc.
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