TAKAHARU TEZUKA + YUI TEZUKA
2006 3.15-2006 5.20
講演会レポート
心地よい流れのようなもの
レポーター:石上純也
 

「副島病院」は特に好きな作品である。騒音がうるさい道路側のファサードに設備などを集めて、その反対側の病室の方を大きな窓にして、庇をつけて外からの視線をさえぎりつつ開放的にしたものである。すごく当たり前のことをやっているのだけど、何か新鮮な感じがした。何故、他の病院もこういう風にしないんだろうと思うくらい自然に見えた。普通なのに、新鮮な感じがする。ちょっと、矛盾しているように聞こえるかもしれないが、手塚夫妻の建築はどれを見ても少なからず、このような印象を受ける気がする。印象というよりはそれが、手塚夫妻の建築の最も重要なところなのではないかとさえ思う。強いコンセプトは、だれにでもわかるくらいはっきりと表現されているのだけれど、たぶん、それをキャンセルする何かがあるのではないかと思った。

そう感じたのは、「屋根の家」を見たときである。僕の印象では「屋根のない家」に見えた。手塚夫妻も文章のなかでそのように述べていたのでちょっと驚いた。屋根の上に流しがあったり、シャワーがあったり、大きなテーブルがあったり、楽しそうに食事をする家族がいたり、彼らが屋根の上だけで生活しているように見えた。もちろん、そんなことはあるはずはないのだけど、少なくとも僕にはそのように見えた。コンセプトは確かにそこに存在しているし、かなりの強さを持っている。にもかかわらず、クライアントの家族がそこにいると、その強さは消えてしまっている。それくらい、軽々と使いこなしている。たぶん、クライアントにとって見れば、それは、コンセプトと呼ぶほど大それたものではなく、彼らにとってすごく当たり前の価値観なのだと思う。

 
副島病院
副島病院(撮影 木田勝久)
屋根の家
屋根の家(撮影 木田勝久)
講演会会場風景
講演会会場風景
講演会会場風景
講演会会場風景

手塚夫妻の建築は、コンセプトの強さによって、それ以外の部分はほとんど気にならないというか、それがもつ雰囲気によって建築そのものが見えなくなっている気がする。その上、コンセプトそれ自体も、クライアントや使用者が使い始めるとかき消されてしまう。というような、二重のキャンセルの構図が面白いと思った。

いろいろな「条件」から、自然とコンセプトが導き出されて、それが強調されて、建築のそのほかの部位がなんとなく目立たなくなる。結果、強いコンセプトが空間を満たすようになってくる。今度は、その空間を使い始めると、その使われ方の自然さによってそのコンセプトがかき消される。使われ方の自然さというのは、そもそも、そのコンセプトを導き出した「条件」なのだと思う。いろいろなことが、結びついてくるくるループしている感じがする。どこが始まりでどこが結果だかわからない感じになっている。コンセプトが先か、条件が先か、使われ方が先か、それがどれなのかよくわからない感じだと思う。たぶん、自然さとか、普通さとか、当たり前さとか、その類のものはそのようなものなのかもしれないが、一般的には、自然さとかその類のものを強く感じることはない気がする。しかし、手塚夫妻の建築はその「自然さ」を強く感じる。そのことに、僕はすごく興味を覚えた。

もうひとつ興味を覚えたことは、作品の数である。TOTO出版の『手塚貴晴+手塚由比 建築カタログ』を見ていたら、僕の知らない作品がいくつもあった。作品集に掲載されていたものはすべて、実作であったので、そのほか、プロジェクトの段階のものも含めると、おそらくもっとたくさんあるのだろうと思う。かなりのスピードで建築を設計できるのだろうと想像する。しかも、どの作品も、手塚夫妻のテイストはしっかり備わっている。「自然さ」のようなものである。その設計のスピードとか、作品が備える自然さとか、そのようなことを思いながら、作品集を見ていると、合気道のような設計手法だと感じるようになった。攻めと守りの境界線がないような、いろいろな関係性のなかで成立しているような、何かの流れのようなものなかで設計しているような、そんな感じがした。

コンセプトは簡単にはっきりと言い表すことができる。しかし、それが手塚夫妻の建築の本質ではない気がする。講演会を聞いていてそのように思った。まっすぐ建築に向き合ってつくる姿勢のようなもの。なにか、アイデアとかコンセプトとかをこえる居心地のよさ、そのようなものがあるのだと思う。はっきりと、方向性を示した結果、その方向の心地のよい流れが生まれて、結果的にはその流れのなかで成り立つようになるもの、抽象的だがそんなことを手塚夫妻の建築から感じた。

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