
無数の
ノイズが
共存
「如風庵」の玄関に入る。
天井が高く、ぼうっと薄暗い。洞窟に入り込んだような感覚。階段を10段上がると1階の床面に達し、さらに同じ方向に6段上がると初めて、幅約5m、全長約19mの細長い空間の全容を見通すことができる。折り返してゆるやかなスロープを伝って南に進むと、その先に和室のゲストルームが現れる。
水平の天井の下に、玄関を含めて4つの床レベルがある。両端に階段、中央にスロープ。外観がそうであったように西側の壁は直立しているが、東側の壁は三次元曲面を形成してうねっている。
ここにはひとつの確固とした重要なアングルはない。動くごとに場面が変わり、境目なしに連続的に展開する。場面に応じて光、風、眺めが移る。空間全体が静かに震え動いているかのようだ。実質的には1室のこのシークエンシャルな空間はただちにル・コルビュジエのいう建築的プロムナードを想起させたが、直後に湾曲する壁とそれに沿うスロープで知られる「ラ・ロッシュ邸」(1925)を、光嶋さん自身が設計時から強く意識していたことを知った。
この空間はしかし「ラ・ロッシュ邸」のあくまで白く平滑な壁と天井からなる空間とは大きく異なっている。丸い大黒柱。淡い緑色が美しい半艶の大津壁。同じく緑色に塗られた勾玉状のテーブル。スロープの手すり部分は頑丈な竹木舞が露出し、土壁が分厚く塗られ、その上辺は山並みのようにうねっている。障子の太い桟は不規則な配置。両側の土壁は間柱まで現しの真壁。土間が入り込み、吹抜けが貫く。
このように空間のなかにはたくさんの襞(ひだ)が交錯し、無数のノイズが共存している。そこには単一の価値で貫かれた美学ではなく、多様で複雑な価値を包み込む豊饒な美学がある。
>> 「如風庵」の平面図を見る
>> 「如風庵」の南北断面図を見る
>> 「如風庵」の東西断面図を見る





