特集3/独学の建築家

100年の
時を超えていく
空間

文/豊田正弘

広々とした土間

「現地での待ち合わせは無理」という建築家の言葉どおり、細い路地の導かれた先にある築100年の連棟町家。そのひとつを改修した住宅にうかがう。ファサードを覆う縦格子の脇、玄関の引き戸を開けると、町家特有の暗さに目が慣れるにつれ、走り庭に続く奥庭の土間空間、さらに外庭という構成が見えてきた。文学者のセカンドハウスであり、ゲストのための大きな土間が特徴だ。
 土間の椅子に腰かけると、その空間はおだやかで心地よい空気に満たされていた。理由のひとつは、形が主張してこないこと。そして同時に、素材感が前面に出しゃばることもない。あらためて眺めてみる。

未来への時間を
見すえて

 まずは土壁。たとえば新築した土壁は、断熱材を入れて竹小舞を編んだうえ、荒壁という下地塗りの段階で工程を止めたため、全体にひび割れが入っている。そのほか、既存の大津壁を残したところ、その上塗りを剝がして柱際だけを補修したところなど、さまざまな表情をもつ。
 そして土間のやわらかさは靴底を通しても体感できる。コンクリートを打たず、土を固めただけの原始的な工法だ。さらに木部も、黒々とした既存部分に対し、新しい部分は塗装をしていない。
 そんな一見バラバラなものたちが、違和感なく共存している。それは森田さんが左官職の修行を経て独学で培ってきた、ものへの繊細な眼差しがもたらした成果ではないだろうか。
 ここでは材料や施工時期のほか、工程や工法や平面形式などさまざまな新旧の要素が渾然一体となっている。そこに内蔵された時間は、築年数よりもはるかに大きなスパンを獲得しているのだ。
 改修が終了した現在は、大きな時の流れの一断面にすぎない。数年後そして数十年後、ここに人々の新たな交流が生まれ、空間全体が深くなじんでいく姿が想像された。


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