ケーススタディ01

さまざまな文脈を読み取る

石切の住居」は、歴史と環境の文脈が豊かな生駒山中腹に立っているため、島田陽さんはその文脈を読み取りつつ、それぞれに対応しながら設計を進めている。わかりやすいように、そうしたスタディの結果としてつくられた建築の各部を先に述べてしまうと、島田さんの言葉をそのまま借りれば、「くすんだコンクリート壁」「黒い家型」「白くて背の高いフラットな屋根」「銀色の箱」「半透明な片流れの屋根」である。さまざまな文脈があることを暗示しているかのように、異なる素材や色、そして形を組み合わせることで、この住宅はできているのだ。さて、それらはどのような文脈と、どのような対応の結果から生まれたのであろうか。
 まずは「くすんだコンクリート壁」。石切は、傾斜地の古い住宅地なので、そこには擁壁や塀に、古くからの石積みやコンクリートブロック積みの壁が散在しており、それらの壁の質感と調和するように「くすんだ」表情のコンクリート壁を打設したという。このコンクリート壁は、基礎を立ち上げて構造体とする、いわゆる高基礎であるが、擁壁や上部の鉄骨柱の根巻きも兼ねた、構造上の重要な役割を担っているうえ、この住宅の中心に鎮座しているため、その表面の仕上げは、室内外を問わずに風景の要となる。採用された小割りのラワン型枠による壁面は、確かに「くすんだ」表情を見せており、汚れたコンクリートブロックや石の乱積みとなじんでいるだろう。
 そのコンクリート壁の上には、鉄骨造の「黒い家型」がのっている。この住宅の敷地は、道路から3.5mほどの高さにあり、そこから2階建ての住宅を建てると、道路からは、10m近い高さになる。その高さの建物を陸屋根で箱形につくったのでは、あまりに大きいので、周囲と同じように、道路側を妻面とする家型の屋根にしたという。また、この地域の風情に合わせるために、外壁を「黒」のガルバリウム鋼板としている。家型だけでなく、各部の素材や色が異なり、ひとつの大きな塊ではない点も関係していると思うが、この住宅は、その大きさの割に驚くほど圧迫感がなく、斜面地にそっと置かれたようなたたずまいである。
「くすんだコンクリート壁」と「黒い家型」が、「石切の住居」の骨格をつくりあげているが、道路および隣地との境では、また異なる顔を見せている。前面道路側に対しては、鉄骨造の「白くて背の高いフラットな屋根」が、納戸および子ども室の「銀色の箱」やガレージを覆うように差しかけられている。これらを、薄いフラットルーフは現代的な表現、工事現場のような安全鋼板の箱は未来を示唆する表現といったように、多様な時間軸を感じさせる手法であると島田さんは説明する。また、上部のコンクリート壁や家型の形態が強く際立っているだけに、街並みに接する正面を、きっちりとつくりすぎず、構えを固くしつらえないことで、住宅と街とを軽く接続させることにつながる表現でもあるだろう。後方の敷地境界にある石積みの擁壁側には、キッチンや浴室の上に「半透明な片流れの屋根」をかけている。新設のコンクリート壁を背にしながら、石積みの擁壁とのあいだをちょっとした坪庭とするための構成である。
 こうしたいろいろな文脈から試行錯誤された建築の各部が、その差異をより強調するような素材、色、形でつくられている姿は、建物単体で見ると、ときには統一感に欠けるようにも見えるかもしれない。しかし、そもそも歴史を重ねた街並みのなかで、街自体が多様なものの混在によって成り立っている状況では、「石切の住居」のような立ち方は、街の豊かさを取り入れながら、その豊かさに参加しているという点で、むしろより広い統一感を獲得しているといえるだろう。


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Movie 「石切の住居」

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