溶けるホテル

 ところでどうしてこんなにホテルに執着するようになったのだろう。
 ホテルというのは見知らぬ地で無防備な裸になることだ。その客を安心させるために、設計者やホテリエはものすごく心を砕き、でもさりげなく美しくつくろうとする。実測をして、お国柄や営業方針を発見するのもおもしろいが、その心を砕いた知恵を見つけることができると、なるほどとさらにおもしろくなるのだ。設計者の「したり顔」が見える気がすることも。日本経済新聞の文化欄に「測れた? ホテルの心配り」というタイトルで記事になったこともある。
 客を自分の家に帰ったような気分にさせれば成功だという人もいるが、私はそう思わない。知恵を駆使して安心感のようなものをつくり出すのだが、ホテルには住居にない軽い驚きや楽しさがあっていい。「もう一度訪れたいな」と思えるのがいいのではないか。ドラマの舞台みたいな空間に、もう一度来たいと思えるというのはなかなかだ。
 それにしても欧米のホテルは保守的だ。いつまでも変わらないということを美徳ともしているからで、その点、日本の新しいホテルはとても革新的でおもしろい。技術的にも最高水準に達している。いろいろ調べているのだが、国内のホテルをのせないのは、「さしさわり」があるから。
 おかげさまで、掲載したホテルからコンプレインはひとつもなかった。『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)とか『測って描く旅』(彰国社)という本も出させていただいたが、中国や韓国の関心は高く、翻訳して出版もされている。
 ときどき困るのは、ガイドブックと勘違いされて問い合わせがあることくらい。

*1
はやし・しょうじ(1928〜2011):建築家。日建設計で、チーフアーキテクトとして活躍。71年には「ポーラ五反田ビル」(71)で日本建築学会賞を受賞した。夫人は建築家の故・林雅子。
*2
みやわき・まゆみ(1936〜1998):建築家。代表的な建築作品に打放しコンクリートの箱型構造と木の架構を組み合わせたボックス・シリーズがあり、79年「松川ボックス」(71・78)で日本建築学会賞を受賞した。


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