測って描く

 ベルボーイがバッグを運び、チップをもらって出て行くと、そのへんを歩きまわって、まずレターペーパーの中央に部屋の概略を50分の1で鉛筆で描く。うまくやらないとバルコニーがはみ出たりする。ベッドの位置は最も大切。後は各所やディテールを測りまくって鉛筆で描き加え、サインペンの手描きでそれをなぞってからすべての下描き線を消す。けっこう正確。大切な寸法だけ書き入れる。家具はカメラに頼らないで描く。マテリアルやカラリングまで調べて水彩で彩色し、影をつける。レターペーパーは水彩用紙ではないから、水で縮むことがあるので注意。ここまでで1時間半。やっとバーに出かける気になるのである。
 ディテールの宝庫、バスルームは飽きることがない。排水目皿の穴の大きさなど、あふれ出た湯の排水時間や客が落とした指輪にまで気を遣うから、見ていると興味が尽きない。そのほか、バスルームの床下げや防水、空調方式を知るために点検口を覗くことも。このあたりになると妻にもあきれられる。
 ホテルは友人の情報などで、あらかじめ調べることも多いけれど、おもしろい部屋に出くわすと儲けたような気にもなる。今や事前にネットの動画などで室内までくわしく見られるが。ひと晩にふたつのホテルを見たいときは、しかたなく2カ所をチェックインしたこともある。
 測って描くのはデザイン教育の基本の「き」だと思っているのだが、この頃はそうでもないらしい。1本の指だけとか、マウスやキーボードだけで、鉛筆もスケッチブックも持たない。ものを測ったことがないから、スケール感がめちゃくちゃになる。絵は受験前に描くだけではいけない。手で考えるようにするためには、いつまでも描きつづけていくことが大切だ……と思うのだが。

*1
はやし・しょうじ(1928〜2011):建築家。日建設計で、チーフアーキテクトとして活躍。71年には「ポーラ五反田ビル」(71)で日本建築学会賞を受賞した。夫人は建築家の故・林雅子。
*2
みやわき・まゆみ(1936〜1998):建築家。代表的な建築作品に打放しコンクリートの箱型構造と木の架構を組み合わせたボックス・シリーズがあり、79年「松川ボックス」(71・78)で日本建築学会賞を受賞した。


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