特集/ケーススタディ7

斜めの壁の論理

 斜めの壁で最初からこの効果をねらっていたのだろうか。そうではないと長谷川は言う。「初期の小住宅で私がテーマにしたのは、小さな平面にいかにして物理的に『長い距離』を生み出し、生活の場を成立させるかということだった」(*2)
 彼女のデビュー作「焼津の住宅1」(72)では、真ん中に壁を入れて「長い距離」を生み出したが、この第2作で同じ方法をとるには無理があった。
「間口が狭いため、直交する壁を立てると幅2.5mしかない廊下のような細長いものになり、室とはいいがたいものになってしまう。そこで機能に応じて接客をする所と食事をする所を広げようと考えた結果、このような斜めに横切る壁を立てることになったのです」(*3)
 1階平面図では、心々で間口6.2m、奥行き9.9mの矩形の東側に、玄関、階段、キッチン、収納を幅0.8m内外で一列に並べてある。だからコンクリート壁の厚みを引くと内々では残り約5mとなり、真ん中で割ると長谷川の言うとおりになってしまう。
「ここでは1枚の壁の角度にとてもこだわった。テーブルやベッドを置くにはどのくらいの角度がいいのかと悩み、ダイニングキッチンを置く日常的な空間と書斎で応接室にもなるあらたまった空間を壁1枚で両立させるための最適な角度を求めて、平面を考えた」(*4)
 この斜めの壁は、食堂と書斎、それに加えてふたつの個室の領域を壁1枚で生み出すために、壁の角度を論理的に突き詰めた結果の、これしかないという斜線なのである。
 彼女がこの頃愛用していた小さなスケッチ帳には、斜めの壁に加えて円弧の壁や列柱案、壁柱案など、8案が描かれているが(スケッチ参照)、各領域の独立性を重視する施主の考えを入れて斜めの壁に決まった。こうして長さ約10mの長い距離がこの住宅に内包された。
「完成してみると、この壁には別の違った意味があることに気づきました。この斜めの壁1枚でも、スタティックな空間を壊すくらいの力があるということです。それはとても不思議な感覚でした」(*5)

参考文献・出
*1・5・7・8/ 『長谷川逸子/ガランドウと原っぱのディテール』 ディテール別冊、2003年7月刊、彰国社
*2・4・9/『海と自然と建築と』2012年、彰国社
*3/『SD』1985年4月号、鹿島出版会
*6/『新建築』1976年9月号、新建築社


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