特集/ケーススタディ

生活を豊かにする「数字」

 3階から1階へ、らせん運動の末に下り立つと、足下には厚さ1.2mのコンクリートのかたまりが埋まっている。そのべた基礎の立ち上がりが腰壁となる。木村松本さんは起き上がりこぼしの重りのようなものと形容したが、このコンクリートボックスは軟弱地盤の泥海に浮いている不可視の箱船なのだ。箱船の側壁からは1800㎜ピッチ(一部2300㎜ピッチと1200㎜ピッチがあるが)で75㎜角の角鋼が約10mの高さまで突き出している。これが構造の柱だが、あまりに細く心細い。そこは1階の腰壁にも協力してもらい、さらにブレースを入れて座屈をまぬがれているらしい。柱梁構造ですか、と問うと「ブレース構造」という答えが返ってきた。構造設計は、佐々木睦朗さんのところにいた満田衛資さん。3人はほぼ同い年なので同じ文化的空気のなかで生きてきたことになる。木村松本さんはほとんどのプロジェクトを満田さんに相談するそうだ。それにしても75㎜角鋼は構造体としては弱々しすぎないか。「K」の室内には、真壁でこの角鋼が現れている。
「構造材のスケールは『生活』に大きな影響をおよぼしているのに、間仕切り壁や家具のスケールと切れているんです。だからといって構造材を壁の中に隠してしまおうというのではなく、僕らは構造材のスケールを『生活』のスケールになじませたい。構造材と間仕切り壁と家具の寸法にヒエラルキーをつけず、『生活』のなかに構造材が参加できる状態にしたい。75㎜という数字は、そこの間仕切り壁の『数字』と同じです」
 真壁に納まった角鋼は壁枠のように見える。試しに私は毎日触れている自宅の木のテーブルの幅を測ってみた。天板の厚さ40㎜、天板と接合している脚の幅が70㎜。確かに木村松本さんが選択した75㎜という寸法は、家具の寸法なのだった。
 それで思い出すのは、伊東豊雄さんの「桜上水K邸」(2000)だ。この住宅の構造材はすべてアルミニウム合金で、柱は70㎜角のカバー材で覆われ、一部はサッシの縦枠も兼ねている。「構造材、仕上げ材、サッシなどとのあいだでの……ヒエラルキーが消失し、構造材の存在が希薄になっていくにしたがって、建物はより抽象的に、そしてライトになっていく」と設計趣旨にはある。考え方の前半は木村松本さんと同じだが、後半はベクトルが違う。
「K」の室内の壁は2段階構成である。250㎜あるいは270㎜の分厚い腰壁と、その上にのっている約107㎜の薄壁。西面構造図には、ブレースをまとった2段階構成の裸形が描かれている。住宅の壁厚は普通150㎜や180㎜だから、「K」で使われたふたつの壁は、より薄く、あるいはより厚い。この落差が窓ガラス越しに実感できることで、分厚い腰壁からは守られているという感覚が生まれ、目の粗い木毛セメント板の薄壁からは外とのつながりを感じる。もちろん無意識に、だ。分けることとつなぐことが対比・併存している。彼らは、柱をどこまで細くできるか、壁をどこまで薄くするかということ自体には興味がないという。あくまで、日々の「生活」を豊かにするための「数字」を探しているのだ。


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Movie 「K」

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