特集/ケーススタディ

「2階の天井高1980㎜は隣家の空き地の一辺の『数字』と合わせています」
 彼らは寸法、スケールと同じ意味合いで「数字」という言葉を口にした。腕を伸ばすと手のひらがついてしまうほど2階の天井は低い。外をのぞくと確かに正方形の空き地があった。
 3階の天井高は2450㎜。「数字」の出所は聞き漏らした。この空間の主役はキッチンカウンター。モノリスのような物体がリビングダイニングにごろんと横になっている。でも空気は少しも重苦しくない。既製品のシンクをこのように改造したのは施主だという。器用な人だ。
 インタビューは最初、この3階のダイニングの椅子に座って行った。
「ここは家族がご飯を食べたりテレビを見たりするので、椅子座の生活なんです。椅子に座ったとき、首から下に腰壁が来るように袖壁の高さを決めました。腰壁をまわすことで守られているという安心感があります。首から上は外の景色が見渡せます。細かいことですが、窓越しに隣家の鬼瓦の屋根が自分の家の延長のように延びています。2階は、床に座ったときの視線の抜けを考えて、首から下の高さに腰壁をまわしてあります」
 腰壁の高さが各階で違うのにはわけがあったのである。
 木村松本さんが「街を使う」というとき、どうやらふたつの「使う」があるらしい。
 ひとつには借景の鬼瓦屋根のような直接的な使い方、これはほかの建築家も日々やっていることである。もうひとつは、街の「数字」を内に取り込む場合。「K」の住人は、文字通り「街の中に住む」ことになる。家の中にいても、街のスケールを日々体感しているのだから。このような思考法の建築家を私はほかに知らない。街は都市のスケールから戸建て住宅のスケールまで何段階ものスケールの地層からできている。そして都市と住宅のスケールのあいだには深くて暗い溝があると思っていた。
「彼らは都市のスケールの一部を住宅の高さ方向に採用することで、いわば都市と住宅のスケールを入れ子にしようとしているのではないか」と、くだんの倉方さんは分析した。なるほど。
 このあたりの街並みを観察すると、道路沿いには2、3階建ての建物が軒を連ね、その奥に高層ビルが立っている。幹線道路から10m奥までは計画道路なのだ。建築家は、この街並みの特性を読み込んで、立ち座(この座はギルドという意味)、床座、椅子座の3つの異なった空間を重ねている。街は垂直方向がおもしろいと木村松本さんは言う。だって街では高さ方向でどんどん外の景色が変わるから。施主とこの敷地を見たとき、3層目は外が「スコーンと抜けて見渡せる」と建築家は直感したそうだ。
「計画道路ゆえの環境の特性を考えて設計していると、途中から生活スタイルの違う3棟の平屋を設計しているように思えてきたんです。『積層する平屋』。均質空間が重なっているのではなくて、景色の異なった平屋が積み上がっているというイメージ。1階フロア、2階フロア、3階フロアではなくて、1階敷地、2階敷地、3階敷地という感覚なんです」
 倉方さんは、この「積層する平屋」を「3つのパラレルワールド」と表現したが、このパラレル感を強めているのが、肩幅より広めのらせん階段と、別世界への入り口としての床穴だ。3層を串刺しにする上昇下降の旋回運動は意識の切り替えをもたらしている。


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